【八】
ミズキが食事を楽しんでいる間に、お城のひとたちは騒然としていた。みんな人間の姿に化けたミズキを一目見たくて、何か用事はないかと清四朗の部屋をたずねてくる。
そのたびにミズキは清四朗の背後に隠れて警戒していた。野生の動物なんだから仕方ないよね。
清四朗が大丈夫だよとなだめると、ようやく顔だけ覗かせて挨拶する。それだけでみんなメロメロだ。
マンガやアニメのキャラでケモ耳ってあるけど、ちょっとその良さがわかった気がする。かわいさが割増しするんだ。
「あ、あの、清四朗さま……!」
ちょっと年配の女性が、碧い顔で駆け込んできた。
「ミズキさまにお願いが……」
「どうしたんだい?」
「じ、じつは厨房に大きな虫がいまして……その……」
ミズキの狐の耳がぴくりと動く。しっぽもさわさわと揺れた。あれだけ食べたのに、まだ食べるの。
そろりと姿を見せたミズキに、女性はぱっと顔をほころばせた。
「まあ、なんて可愛らしい。お嬢ちゃんが虫取りの名人?」
いつのまにそんな噂が広まったんだろう。間違いではないけれど。
「ミズキ、助けてあげて」
清四朗が言うと、ミズキはこくりとうなずいた。
「あたし、むし、とる。キヨ、うれしい?」
「ああ、そうだね。みんなも助かるし、お願いするよ」
ミズキはきりっと凛々しく目に力を込めて、女性と一緒に厨房に向かった。
しばらくドタバタと暴れる音がして、静かになる。捕まえるのはいいけど、食べるところは見せない方がいいんじゃないかな。嫌な記憶がよみがえる。
ミズキはなかなか戻ってこなくて、心配になって様子を見にいくと、他の女のひとたちにも呼び止められていた。虫だけじゃなく、ヘビやカエルやネズミまで……そのうちころころに太ってしまうかもしれない。
「はは。ミズキ、大活躍だね。さあ、疲れただろう。こちらでおやすみ」
清四朗の優しい声に安心して、ミズキは子狐の姿に戻って甘えた。膝の上で頭を撫でてもらい、気持ちよさそうに目を閉じる。
とても幸せそうだけど、僕は知っている。
あの意地悪な継母だけは、ミズキの評判をおもしろく思っていなかった。
「母上、私もミズキと虫取りがしたいです」
「兄上はいいなあ。すごいきつねを拾って」
無邪気な弟たちが清四朗をうらやましがると、継母は苛立たしげに言い捨てた。
「おだまりなさい。狐に騙されてはいけませんよ」
弟たちはしゅんとうなだれる。あのかわいい子狐が人間を化かすとは思えないのだろう。継母は、それこそが狐の策略だと言った。
「あやしい化け物を城に連れ込むだなんて、清四朗はどうかしています」
厳じいやとりまき連中はまったくだとうなずく。どうにかミズキを追い出す方法はないかと思案した。
そういう継母の実家は西の黄瀬家に縁がある。妖術遣いが集まる一族だ。あやしいのはそっちじゃないか。
清四朗は、血はつながっていないけれど親子だから、あまり強い態度には出られないらしい。何か変なことされないように、しっかり見張っておこう。
だけど僕の声は誰にも聞こえないし、姿は見えない。もしも清四朗が襲われたとしても助けることができない。どうやって危機を知らせよう。
ふわりふわりと清四朗の部屋を漂っていると、ミズキの視線が僕を追っているような気がした。まさか、野生の勘とか、同じ妖しい存在だからとかで、僕のことが見えているのか。
宙を見つめるミズキに気付き、清四朗も僕の方を見た。
「ああ、これは蜻蛉だよ。一日しか飛べない短い命だから、見逃しておやり」
清四朗が差し出した手に、僕は音も立てずにすっと止まる。清四朗はそのままゆっくりと指先を庭の方に向けたので、僕はまた静かに羽ばたいて庭に出た。
なるほど、僕は蜻蛉の姿だったんだ。