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【五】

「ところで清四朗どの」


 厳じいが急に足を止めて振り返った。なんだよ、僕はおまえの顔なんか見たくないぞ。


「このあたりに、けもの捕りの罠をいくつか仕掛けていたのですが、何かかかっていましたか?」


「え? い、いや、私は何も……」


 清四朗は白々しくそっぽを向いて応える。嘘が下手なんだな。


 厳じいはむっと眉をひそめて木陰を確認した。罠の一つが壊されている。


「清四朗どの! また逃がしてしまわれたのか!」


 雷のような怒鳴り声、清四朗はきゅっと首をすくめた。


「すまない。まだ子供だったから」


「今は子供でも、すぐに大きくなって畑を荒らします。捕らえた獣はきちんと処分せねば」


「だけど……」


 厳じいに睨みつけられても、清四朗は笑ってごまかす。きっと優しい性格なんだろう。狩りで何も捕まえなかったのは、もしかしたらわざとかもしれない。


 ふと、風もないのに木の枝が揺れた。


 真っ先に気付いた清四朗は、全身でそちらを隠そうとする。


「だめだ、こっちに来るんじゃない。向こうにおいき」


 あわてて追い払うけれど、そいつはそろりそろりと近付いてきた。


 子狐だ。やわらかそうなふわふわの毛並み、つぶらな瞳で清四朗を見上げている。きっと、清四朗が逃がした子だ。足には血のにじんだ布が巻かれていた。


 厳じい達は捕まえようと矢をつがえ、子狐をとり囲む。清四朗はそれを制して子狐を抱き上げた。


「きちんと育ててやれば、畑を荒らすこともないだろう」


「しかし」


「私が連れて帰って世話をするよ」


「なりません。城の備蓄には限りがある。畜生にくれてやる食物などありませんぞ」


「私の分を与えればいい。迷惑はかけないよ」


 穏やかにほほ笑みながらも、清四朗は頑なに意志を曲げようとしなかった。


 厳じいと取り巻きたちは、顔を見合わせてうなずく。なんだか不穏な雰囲気だけど、大丈夫かな。


 城に戻ると、清四朗の母親と弟たちが待っていた。


「わあ、兄上、かわいいですね」


「さわってもいいですか?」


 幼い弟たちは喜び、交代で子狐を撫でる。子狐は驚いて身を縮めたけど、悪意がないことがわかると気持ちよさそうに目を細めた。


 しかし母親は、汚らわしい獣だと嫌そうに顔をしかめる。


「まさか清四朗、それを飼うおつもり?」


「わ、我々はお止めしたのです」


 厳じいは母親の機嫌をとるように耳打ちした。母親はふんと鼻を鳴らして、弟たちに手を洗ってくるように言いつける。


「母上のところには行かせないように、気をつけますね」


 清四朗が涼しい顔で言うと、母親は苛立たしそうに足音を立てて奥の部屋に下がった。


 一人になった清四朗は、自室に食事の用意をさせる。


 膝の上に子狐を乗せ、煮物や漬物だけでなく、メインの焼き魚まで半分食べさせてやった。それじゃ、夜中におなかがすきそうだ。


「おいしいかい? たくさん食べて、大きくおなり」


 優しい声、そんなに動物が好きなのか。子狐は遠慮なく食べ、満腹になると呑気に毛づくろいしはじめた。


「そうだ、飼うなら名前をつけてあげないと。何がいいかな」


 子狐はぴくりと耳を立て、清四朗の顔を見つめる。言葉がわかるのか、期待するように。


「うん、ミズキ。ミズキというのはどうだろう」


 子狐は気に入ったらしく、嬉しそうにぴくぴくと耳を動かした。


 食事が済むと清四朗は寝間着に着替え、ミズキを自分の布団に入れてやる。


「おまえの毛皮は暑そうだね」


 道具箱から取り出した扇子でそよそよとあおぐと、ミズキは獲物と間違えたのか、狙いを定めようと目を光らせた。扇子の動きに合わせて首を上下させる。


「はは。じっとしていないと、風が当たらないよ」


 清四朗が優しく言い聞かせると、ミズキはじっとおとなしくなって、やがて規則正しい寝息をたてはじめた。

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