【四】
どれくらい気を失っていただろう。早く戻らないと、父さん達が心配して捜索をはじめているかもしれない。こんな小さな山の中で遭難したなんて、恥ずかしくて絶対に言えない。それに、捜索隊を呼ぶのにすごいお金がかかるはずだ。
僕は急いで起き上がって周囲を確認し、絶句した。
「……なんだ、これ」
鬱蒼とした木々も、服や手足にひっかかる藪も、ぬかるみに苔むした石も何もない。ただ乾いた土に大きな岩がごろごろと転がっている。
一面が赤く見えるのは夕焼けのせいか。いや、よく見るとあちこちにこびりついているどす黒いもの……あれは血? かすかに鉄のにおいがする。
まるで、映画やドラマの戦場のような荒地だった。
僕は気持ちを落ち着けようと目を閉じ、大きく深呼吸する。もう一度ゆっくり目を開け、ほっと胸を撫でおろした。
やっぱり森の中だ。暑さのせいで幻覚を見たのかな。かなりやばい。
思い返せば、きっとあの女の子と出会った時からおかしかったんだ。もうこれは墓参りどころじゃない。帰って休んだ方がいい。
来た道を戻ろうとして、何かがおかしいことに気が付いた。
なんで夕焼けが見えるんだ。さっきまで木の枝が生い茂っていて、空なんて見えなかった。
僕はごくりと息を呑む。まだ、夢から覚めていないのか。
周囲の木々は丁寧に枝が整えられ、雑草も刈り取られている。そして頂上には神社ではなく天守閣のようなものが見えた。一年で改装されたわけじゃないと思う。
僕が困惑していると、何人かの男たちの声が近付いてきた。すっきりとした林では隠れることもできない。
「やあ、清四朗どの。こんなところにいらっしゃいましたか」
「お探ししましたよ」
彼らは僕を見つけるなり、そう言った。
だけど僕は、彼らの姿が奇妙なことに驚いて、応えることも逃げ出すこともできなかった。
男たちはみんな時代劇に出てくる武士みたいに、着物に袴、たすきを掛けて胸当てをつけ、弓矢を携えている。僕が知らないだけで、お祭りのイベントに仮装行列があったのかもしれない。
うん、きっとそうだ。神社は建てかえられて立派になって、裏手の森は整備されて通れるようになって、お祭りは大規模になったんだ。町おこしとか、そういうやつだ。
「どうされました、清四朗どの?」
男の一人が怪訝そうに僕の顔を覗き込む。僕を出演者の誰かと勘違いしているのかな。
「あの、人違いです……」
そう言ったつもりだった。だけど僕の口から出た言葉は、信じられないものだった。
「すまない、厳じい。風が気持ちよくて、うっかり昼寝していたよ」
「なんと。狩りをしようとおっしゃったのは、清四朗どのではないか」
「あはは、すまない」
これは、どういうことだ。僕の意志とは関係なく、口が勝手に動いて、この知らない男たちと会話している。僕が清四朗で、この男が厳じい? ほかの男たちは厳じいの取り巻きのようなものか。あまりいい感じがしない。
「それで、清四朗どのは何匹仕留められました?」
「ん、さっぱりだね。私に狩りは向いていないらしい」
「一日かけてまったくとは!」
「これでは父上様も心配でうかばれませんな!」
男たちがどっと笑っても、清四朗は気に留めることもなく一緒に笑った。なんかむかつく。
「腹が減ったね。城に戻ろう。ああ、私は獲物がないから、晩飯は抜きかな」
「そ、そのようなことは……」
「厳じいのをわけてくれるのかい?」
「む……まあ、仕方ありますまい」
「ありがとう」
厳じいと呼ばれた男と取り巻きたちは、やれやれと肩をすくめた。状況がよくわからないけど、なんだか馬鹿にされているようで気分が悪い。なんで清四朗はへらへら笑って、こんなやつらと一緒にいるんだ。代わりに言ってやりたい。




