【二】
スイカを食べ終え、おなかが冷えるからと熱い緑茶をいれてもらってひと心地つく。とうもろこしが茹で上がるまで、もう少しかかるらしい。
僕とウミは思い出したように奥の部屋の仏壇の前に座り、線香をあげて手を合わせた。本当は一番にやらなきゃいけなかったのに。心の中でおじいちゃん達にあやまって、積もった埃をティッシュで拭き取ってきれいにしておいた。
「さて、そろそろ行こうか」
おもむろに父さんが立ち上がった。墓参りだ。今、ちょうど一番日が高いのに……
「明日の朝にすればええが」
「いんや。まずはきちんとご先祖に挨拶せんと」
父さんは言い出したら聞かない。遠く離れた都会に住んでいるから、なかなか来れないことを申し訳なく思っているのかもしれない。
仕方なく僕とウミは物置に桶とひしゃくを探しにいく。おばさんが雑巾代わりに手ぬぐいを一枚おろしてくれた。
「ソラ君、ウミちゃん、ほれ。帰りに神社で冷やしあめ買ってきな」
おばあちゃんが僕のポケットに五百円玉を一枚ねじ込んだ。僕とウミは声をひそめて「ありがとう」と言った。
勝手口を出るとすぐに畑があって、緑の葉っぱの間にきゅうりや茄子やトマトがなっている。小川を挟んでとうもろこし畑が広がり、僕の背より高い葉からときどき虫が飛び出してきた。
「お兄ちゃん、バッタ! つかまえて!」
「無理」
小さい頃、喜んで両手いっぱいにつかまえていたのが信じられない。今は触ることはもちろん、見るのも嫌だ。おまけに、このあたりの虫は普通のより大きくて余計に怖かった。
僕はうんざりとため息をつく。早く帰って、エアコンの効いた部屋でゲームの続きがしたい。三日もログインできないなんて、かなり不利だ。
僕の気持ちなんて知らずに、父さんと母さんは風景を懐かしんでいるし、ウミは虫だの花だの珍しいものを見つけるたびにいちいち報告してくるし。僕だけが田舎を楽しめない。やっぱり来たくなかったな。
畑を抜け、目の前には小高い山がそびえる。急な石段はずっと上まで続き、これを登るのかと思うと僕はまた憂鬱な気分になった。
山の中腹にご先祖の眠る墓地があり、頂上付近に古い神社がある。今は縁日の屋台が出ていて、おばあちゃんが言っていた冷やしあめはここで買う。それは楽しみなんだけど……
僕は重い足を持ち上げながら、なんで山の頂上なんかに神社を建てたんだろうと考えた。
何百年も前にこの辺りを治めていた、白川っていう殿様の霊を鎮めるために建てられたらしい。歴史の教科書にも載らないような、小さな領地の殿様。こんなところに建てるのはきっと大変だっただろうし、お参りするひとたちも大変だし。死んでからも人々を苦しめるなんてひどい殿様だ。
「ちょっと、ソラ。大丈夫?」
母さんが僕の顔を覗き込んだ。
「……」
応えようとしたけど、声が出ない。
木々が日差しを遮ってくれるから、それほど暑さは感じていなかったのに。延々と続く階段のせいで、息が切れて汗が止まらない。
「情けないな、ソラ」
振り返った父さんの顔は涼しげで、なんでそんなに元気なのか不思議だった。ウミも一段飛ばしながらぴょんぴょんとかけ上がっていく。
「……僕、少し休むから、先に行って」
父さんはやれやれと肩をすくめ、息が整ったら水をくんでくるように言って桶を置いていった。ひどい、罰ゲームだ。
僕は石段に座ったまま、目を閉じてため息をつく。近所だからと水筒を持ってこなかったのは失敗だ。
蝉の鳴き声とお囃子の音が、ぐるぐると頭の中で混ざり合う。
もう一度ため息をついて立ち上がり、水くみ場に移動した。蛇口をひねり、桶に落ちる水をぼんやりと眺める。ついでに手を洗ってみたら、きんと冷えた水が心地よかった。