【十四】
どれくらいの歳月が流れただろう。
白川城のあった場所は度重なる天災で荒地と化し、さらに時が過ぎて草木が芽吹き、新しい森になろうとしていた。
泣き疲れたミズキは朽ちた木の台にもたれかかって、ぼんやりと空を眺める。もう、何も考えられないのか。
それでも時折、清四朗を思い出してはむせび泣くような雨を降らせ、心をかき乱す疾風を起こした。
ある日、白川の呪いのことを聞いた修験者がミズキに会いにきた。
「かわいそうに。悲しみにとらわれて、大切なものの声まで聞こえないのだね」
ミズキは身じろぎ一つせずに宙を見つめている。
「ほら、そこにおまえを案じるあるじ様がいらっしゃるよ」
修験者がこちらを指さした。僕はあわてて隠れようとしたけれど、うまく飛べない。体をよじり、羽を震わせ、草をつかむ手を離した。
「……ミズキ、悲しい思いをさせたね」
声が出る。いや、これは清四朗の声か。僕と清四朗は一緒になって、ミズキの方へ歩み寄った。
ミズキの瞳に光が戻る。
「キ……ヨ……?」
僕たちはそっとミズキの頭を撫でてやる。
「キヨ、キヨ……! 会いたかった、あたし、会いたかったの!」
とうに枯れたと思っていた涙が、またはらはらとこぼれた。
「ごめんよ、ミズキ。ひとりにしてしまって。さあ、一緒に行こう」
清四朗は優しくほほ笑み、ミズキを抱き上げる。だけどミズキはふと思い出したように顔をこわばらせ、清四朗の腕から逃れようとした。
「だめ、あたし、たくさんのひとの命を奪った。ごめんなさい……ごめんなさい!」
人間を憎み、呪い、美しかった白川の山とその周辺はひとが住めなくなった。許されることではない。
憐れに思った修験者は、花を供えて手を合わせた。
「もう、いいのではないか。今となってはおまえを叱るものもいない。天の国に行って魂を清め、生まれ変わるといい」
修験者の言葉にうなずき、清四朗はミズキの細い肩を抱きしめてやる。
「生まれ変わっておいで、ミズキ。狐でも、人間でも、他のものでもかまわない。私は必ずおまえを見つけるから」
約束の言葉を胸に、ミズキは静かに目を閉じた。
やわらかな風が二人を包む。
清四朗とミズキは寄り添うようにして空に昇り、消えた。
蝉たちの声がわんわんと耳の奥に響く。
一瞬、気を失っていたのかもしれない。僕は頭を振って意識をはっきりさせた。
蛇口から落ちる水は、やっと桶の半分くらいまで溜まったところだ。
ふと、背後から飛んできた虫が、すうっと静かに桶の縁に止まった。
蜻蛉だ。
あれ? なんで僕は、この虫の名前を知ってるんだ?
僕は水を止めて、じっと蜻蛉を見つめた。透ける羽の向こうに人影が揺れる。女の子だ。
色白で、ウミと同じかもう少し低い背丈、白地に朝顔の柄の浴衣を着ている。
「ミズキ!」
僕は急いで駆け寄った。女の子は泣きそうな顔で僕を見上げる。
「あ、えっと、どうしたの? お父さんやお母さんは?」
女の子は気が緩んだのか、ついに泣き出した。
「神社の、おまつりに、きたの」
「ああ、ずいぶん降りてきちゃったんだね。大丈夫、連れてってあげる」
僕は涙を拭いてあげて、手をつないだ。握り返してくる手のぬくもりにどきっとする。
桶の水はちょっと少ないけど、まあいいや。とりあえずお墓まで行ってウミを呼びつけ、桶を押し付けた。
「ちょっと、お兄ちゃん、どこ行くの!」
「この子を送っていくだけ。すぐ戻る」
後ろで何か文句を言ってるけど、かまうもんか。
神社の入り口では、女の子の両親が血相を変えて探していた。
「ああ、よかった」
「ありがとうございます」
両親はほっとして女の子を抱きしめる。女の子は僕と手をつないだまま、にっこり笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん。見つけてくれて」
(完)
最後まで読んでくださってありがとうございます。
この小説は、『1RTごとに1500文字書く』という企画から生まれました。
まさかの14RTもいただき驚いています。
せっかくなのでお題やテーマも出していただきました。
・三題噺『蜻蛉』『埃』『晒し首』
・和風
・ケモ耳キャラ
・『扇子』
自分ではなかなか選ばないような題材でおもしろかったです。
きちんと活かせているでしょうか。
字数の制約もあり、前半はやや間延びし、後半はずいぶん急いでしまったことを反省しています。
読んでくださった方々にお楽しみいただけたなら良いのですが……
さて、夏もそろそろ終わり、とはいえ暑い日は続いています。
みなさまが元気に過ごされ、読書や創作を楽しまれることをお祈りしています。
貴重なお時間ありがとうございました。