【十三】
退路を断たれた清四朗の前に、花嫁の一行に扮した曲者たちがにじり寄る。青谷家の従者から奪った着物を脱ぎ捨て、手には刀や鎖鎌を持ち、獲物を追い詰めた獣のような瞳で清四朗を見下した。
「まさかおまえが寝返るとはねえ」
継母が薄気味悪く笑うと、厳じいは満身創痍にもかかわらず清四朗をかばうようにして構えた。
「黙れ。私ははじめから誰にもついとらん。ただ先代の言いつけに従い、白川家を守るのみ」
腑抜けと思っていた清四朗は、じつは強く優しい名君だった。ならば白川家のために生き延びてもらわねば。
「ふふ、もう遅い。清四朗の首を差し出さねば、青谷家の怒りは鎮まらぬよ」
それまで厳じいの陰に隠れていた清四朗が、刀を抜いて前に出た。いつになく鋭い瞳、沸き起こる感情を懸命に押し殺して、低い声でたずねた。
「青谷の姫を、どうなさいました」
継母はさも楽しげにあざ笑う。
「乱心したおまえに斬り捨てられたと、送り返してやったわ」
「……許さない」
清四朗が怒りにうち震える。
「白川のもめ事のために、無関係の姫を……!」
清四朗の刀が閃き、継母の喉元を狙う。しかし、それより先にとりまき連中の武器が四方から襲いかかった。
金属と金属がぶつかる音、清四朗と厳じいは全ての攻撃を受け止め、跳ね返す。
突然、猛獣の咆哮が鳴り響いた。みな、驚いて動きを止める。
「キヨ! 今のうちに逃げて!」
ミズキが連れてきた森の動物たちが加勢した。狼が腕を食いちぎり、熊が柱ごとなぎ倒す。猿の一団が顔をひっかき、大蛇は数人まとめて締め上げた。
刃物を恐れぬ獣たちに、曲者どもはなす術なく後ずさる。
その隙に厳じいが清四朗を担いで逃げ出した。
「こっちに抜け道があるの」
ミズキが森の中に案内する。
どんっという鈍い破裂音と同時に衝撃が走り、あたりに火薬のにおいが立ち込めた。まさか、火筒を持っていたなんて。
敵も味方も、何が起こったのかわからず混乱する。熊がその場に崩れ落ちて、動かなくなった。
「ふふ、黄瀬と赤井がつながっていることを知らなんだか」
継母は勝ち誇り、二撃、三撃と指示を出す。鉄砲隊は清四朗たちを追い詰めた。
「厳じい、私を下ろせ」
しかし厳じいは頑として清四朗を離さない。
「厳じい! これは命令だ! 私を下ろせ!」
「なりません!」
「そうよ。キヨ、逃げないと」
「……私だけ逃げたところで、白川はもう続かない」
美しかった城も、庭も、血に染まり、踏みにじられ、そこかしこで火の手が上がる。逃げ惑う罪のない人々、もし清四朗が逃げたら、怒り狂った青谷家に攻め滅ぼされるだろう。
「私の首で済むのなら」
「いや! キヨ、あたしと逃げて!」
ミズキの懇願むなしく、清四朗は捕らえられ城外に晒し首に。
それから白川城は荒れに荒れた。
三日三晩続いた豪雨に畑の作物は全て流され、いかづちが森を焼き、くり返す地震に城は倒壊。かろうじて助かったものには謎の病がふりかかる。
たった数日のうちに、白川は滅んだ。
継母も、可愛らしい弟たちも、ミズキをかわいがった厨房の女たちも、誰一人として助からなかった。
亡き姫の仇討ちと攻め入った青谷家も、無人となった白川城をとろうとした黒岩家と赤井家も、同じ病に侵され全滅の危機に。そして継母の実家があった黄瀬家には、白川の山で起こった地滑りにより大量の土砂が流れ込んだ。
みんな、白川の呪いだと畏れた。
誰も近寄らなくなった白川城の跡で、ミズキは泣き続けている。清四朗の首が晒された台にとりすがり、何年も、何十年も泣き続けた。
山の神さまや森の仲間たちが慰めようとしても、声は届かず。もちろん、僕のことも見えていないし、聞こえていない。
どうすればこの悲しみを終わらせることができるだろう。