【十二】
清四朗の結婚が決まり、城内があわただしくなった。花嫁を迎える準備、警備の強化、式の段取りの確認など、みんな余念がない。
いつもと違う雰囲気を、ミズキはお祭りだと思っているらしく、喜んで手伝っている。飾り付けのための花を山に摘みにいき、ごちそうの材料を調達し……本当のことを知ったら、どうなってしまうんだろう。
みんな、まさか清四朗とミズキが恋仲になっているなんて思っていないから、平気でミズキに用事を言いつけた。
騒然とする城の中で清四朗は、ただ静かに結婚式の日を待っている。好きでもない、会ったこともない女の子と結婚するって、どんな気持ちかな。
いよいよ支度が整い、青谷家の姫を迎える前日の夜、清四朗はミズキを呼びつけてあらたまった表情で向き合った。
「ミズキ。こうしておまえと話すのは、今夜が最後になる。私は明日、妻を迎えるのだよ。もし私たちの側にいるのが辛ければ、山へおかえり」
おめでたいことなのに、すごく苦しそうだ。ミズキは怒り出すか悲しむか、いや、にっこり笑って答えた。
「キヨ、あたし、言ったでしょう。あたし、キヨのお役に立ちたいの。あの日、助けてもらった時に決めたのよ。だから、お邪魔でないなら、お城にいさせて」
「邪魔だなんて。ミズキは私の大切な……」
大切な、何と言おうとしたのか。言葉をさえぎるように、ミズキの小さな手が清四朗の口元を隠した。
「奥様は動物はお好きかな。あたしのこと、撫でてくれるかな。もしお嫌いなら、近付かないから安心してね」
そしてミズキは元の狐の姿に戻った。はじめてみた時よりも少し大きくなって、毛並みのいいきれいな狐だ。
ミズキの覚悟を聞いて、清四朗の方が涙を浮かべている。慰めるように布団にもぐり、身体をすりよせた。
みんなが寝静まったのを見計らって、ミズキはそっと布団を抜け出す。静かに庭に出て、人間の姿になって月を見上げた。
「山の神さま、どうかキヨと奥様を幸せにしてください。あたし、全力で守りますから、どうか……」
大きな瞳が涙でにじむ。ああ、やっぱりミズキも清四朗のことが好きだったんだ。これが清四朗と白川家にとって一番いいことだと理解して、我慢してるんだ。もともと人間と狐、結ばれるはずもないけれど、これじゃあまりにもせつない。
「……でよ。見ないでよ! 食べるわよ!」
涙を拭うこともせずに僕を睨みつけている。僕はあわてて空高く飛び上がった。慰めてあげることもできない。
ミズキはひとしきり泣いたあと、狐の姿に戻って清四朗の部屋の隅で丸くなって朝を待った。
夏の終わりを感じる涼しい朝、青谷家の姫を乗せた輿がゆっくりと山道を進む。花嫁行列は華やかに、両家の輝かしい未来を期待させた。
がさりと前方の藪が揺れる。白川家の道案内だと思った一行はほっと息をついた。それも束の間、黒装束の男たちが次々と斬りかかる。
助けを呼ぶ間もなく、花嫁もろとも息絶えた。
曲者たちは互いに合図して、青谷家の従者の衣装をはぎ取り、身につける。まんまと成りすまし、何食わぬ顔で白川城をめざした。
僕はこれをどうやって清四朗に伝えればいいんだろう。
正装に着替えた清四朗は、奥の間で花嫁の到着を待っていた。僕は静かに近付こうとしたけれど、目ざといミズキに追い払われてしまう。蜻蛉は見逃してやれって、清四朗が言ったじゃないか。
ぐずぐずしているうちに、到着の報せが届いた。
だけど、部屋に飛び込んできたのは花嫁ではない。厳じいだった。
「清四朗どの、今すぐお逃げなさい」
「厳じい? どうした、その傷……」
「話はあとです」
顔も腕も血だらけで、それでも強い力で清四朗を立ち上がらせる。
「行かせませんよ」
呼び止めたのは継母だった。




