【十一】
ミズキが雨を降らせてから、しはらく穏やかな日々が続いた。
天気も晴と雨がちょうどいいバランスでくり返し、作物は順調に育っている。お城のひとはミズキを丁寧に扱い、ミズキはすくすくと成長していった。
最初は五、六歳の女の子だったのに、いつのまにかウミと同じくらいになっている。それが狐の成長の早さなのか、妖力がアップしているからなのかわからないけど。
とにかく、急に大きくなって、すごくきれいになっていた。
「キヨ、これ、あたしが作ったの。お口に合うかな」
「ミズキが? すごいね。いただくよ」
煮物の入った小鉢を差し出され、清四朗は喜んで箸をとる。一口ほお張り、目を丸くした。
「おいしい。ミズキ、いつのまに料理を覚えたんだい」
「えへ。厨房のお掃除をしていたら、みんなが教えてくれたの。あとね、浴衣のぬい方も習っているのよ」
ミズキは得意げに言う。たくさんのひとと話すうちに、すっかり片言ではなくなっていた。狐の耳としっぽがなければ、普通の女の子と変わりない。
清四朗の顔がほんのり赤い。
いつものように清四朗の布団に入ろうとすると、急によそよそしい態度で拒んだ。
「ミズキ、ごめん。布団をもう一組用意するから、そちらで寝ておくれ」
「どうして?」
「いや、その……」
わかる。わかるぞ清四朗。ペットというか、妹というか、そういうふうに見ていた子が急に恋愛対象になってしまったんだから。
だけど、ミズキはそんな人間の、男子の気持ちは理解できない。いやだ、一緒に寝ると駄々をこねる。
「では、狐の姿なら……」
「キヨが、その方がいいなら」
やや不満そうだけど、ミズキは元の姿に戻って清四朗の布団にもぐり込んだ。
翌朝、まだみんなが起き出す前に、清四朗の絶叫が城内に響き渡った。
何事かと厳じいが駆けつける。勢いよくふすまを開けようとしたが、びくともしない。清四朗が全力で押さえていた。
「清四朗どの、どうされた!」
「なんてもない! 寝ぼけただけだ」
いつも穏やかな清四朗がひどく取り乱している。それもそのはず、寝るときには狐の姿だったミズキが、女の子に戻っていたのだ。こんなきれいな子が隣で寝ていたら、それは驚くよね。
厳じいが力づくでふすまを開けると、清四朗はぶっ飛んだ。
「これは……」
察した厳じいは、むっと眉をひそめた。
呑気なミズキが目をこすりこすり起き上がる。
「キヨ、どうしたの?」
清四朗は大きなため息をついた。覚悟を決めて、きちんと説明してやる。
「君が急に大人っぽくなって、きれいになったから、私は緊張しているのだよ」
「そうなの? あたし、キヨのお役に立ちたくて、喜んでほしくて、急いで大きくなったのに、迷惑だった?」
無垢な瞳はきらきらと輝き、それだけで清四朗は息ができなくなる。
「いや、そうではなくて……」
しどろもどろと答える清四朗を、厳じいは見過ごさなかった。やっぱり、城主が狐の女の子に恋するのはまずいんだろう。でも、好きになってしまうのは仕方ないじゃないか。
ある日の軍議で、清四朗の縁談話が持ち出された。
この時代の十四歳は立派な大人で、結婚していてもおかしくないらしい。
「相手は?」
「青谷家の末の姫です」
清四朗は黙ってじっと考え込んだ。
青谷家と言えば、学者が多く、冷静で争いを好まない。それでいて他家と同等の力を持っているから、武力の黒岩家や赤井家よりは平和に付き合えそうだ。
何より、あの継母の実家である黄瀬家への牽制になる。
いつかは城主として妻を娶らないといけないなら、この申し出は絶好の機会。
だけど、大切なミズキへの想いは……人間と狐の恋なんて叶わないとわかっていても、あまりに突然すぎる。
僕の心配をよそに、清四朗はこの縁談を了承した。