【十】
今年の夏は雨が少ないらしい。領地の畑を見回った清四朗は、険しい顔をしている。
もともと山の斜面を切り開いて畑にしているから、水の確保が難しい。このままでは不作になって、冬を越すだけの備蓄ができない。
四方を強国に囲まれた白川家は、援助を要請するのも慎重にならないといけなかった。どこか一つと親密になると、それ以外に敵と見なされ攻め込まれてしまうかもしれないからだ。
容赦なく照りつける日差し、しおれた葉が風に吹かれて力なく揺れる。
せっかく狩りの腕前を披露して、清四朗の評価が上がっていたのに。この日照りは城主が頼りないからだとささやくやつがいた。継母とその一派だ。
天気なんて人間の力でどうこうできるわけないのに。でもこの時代のひとたちは、日頃の行いだとか人柄だとかが良ければ、神様が力を貸してくれると信じている。
だったら、清四朗ほどいい城主はいないのに。僕と同じ十四歳で、こんなにみんなのことを大切にする努力をしているのは、本当にすごいと思う。
「キヨ、どうしたの? ぐあい、わるい?」
疲れた様子で部屋に戻った清四朗を、ミズキは心配そうに見上げる。清四朗は無理に笑って、心配ないよと髪を撫でてやった。
その夜、みんなが寝静まったのを見計らって、ミズキが布団を抜け出した。月明かりの中、何かつぶやきながら踊り出す。どうしたんだろう。
踊りが終わると、じっと空を見上げて狐の耳をぴんと立てた。誰かの声を待つように。
だけど、生温い風が吹いただけで何も聞こえない。
ミズキはがっくり肩を落として、清四朗を起こさないように布団に戻った。
そんなことが何日か続いたある夜、いつもと様子が違った。
生温い風の代わりに突風が吹き、木々の葉がさわさわと騒ぐ。みるみるうちに分厚い雲が月を隠し、ついに恵の雨が降り出した。
みんな、驚いた様子で起きてくる。軒下に手を差し出し、信じられないと空を見上げた。
「ミズキ! そんなに濡れて……風邪をひいてしまうよ」
清四朗が急いで抱き上げると、ミズキは小さくくしゃみして、笑った。
「えへ。やまの、かみさま、おねがい、きいてくれた」
「山の神さま?」
清四朗はまさかと目を見開いた。
「この雨、ミズキが降らせてくれたのかい?」
「あたし、おねがい、した。かみさま、やっと、きいてくれた」
毎晩、空に向かってつぶやいていたのは、お祈りだったんだ。
地面に打ちつける力強い雨、川の水はなみなみと満たされ、草木は生気を取り戻す。きっと今頃、畑の作物もたっぷり水と養分を吸い上げているだろう。
「ミズキさまは、山の神さまのお使いだったのか……」
誰かがつぶやくと、それを合図にみんなミズキに向かって平伏した。もちろん、ミズキのお世話をしている清四朗にも。
よかった。みんなが清四朗のことを敬っている。あの厳じいも、感心したようにふむとうなずいた。これで、白川家も落ち着きそうだ。
お祈りで妖力を使い果たしたのか、あるいは連日の寝不足のせいか、ミズキは清四朗の腕の中でぐうぐうといびきをかいている。その無防備な姿が可愛らしくて、みんな思わずほほ笑んだ。
僕はすっかり忘れていた。山のてっぺんに建てられた白川神社のことを。あんな不便なところに祀られた城主のことを。
夜通し降り続く雨を眺めながら、清四朗の継母は悔しそうにくちびるを噛む。
「ああ、口惜しい。もう少しで清四朗の名を地に落とすことができたのに」
「まったくです。あの忌々しい狐め」
とりまき連中は継母の機嫌を取ろうと必死だ。だけど厳じいだけは、眉をひそめて黙っていた。
「山の神の加護を得たのでは、もう黄瀬の兄様の術は効かない。どうしたものか」
あの日照りが、黄瀬家の妖術のせいだったなんて。