【一】
車内に響くアイドルの曲、それに合わせて大声で歌う妹。母さんが水筒のお茶を注いで差し出し、信号待ちの間に父さんがそれを飲み干す。
僕はため息をついて手元の本のページをめくった。
毎年お盆は父さんの実家に帰省するけれど、僕はいい加減うんざりしていた。中学二年にもなって家族と一緒に出かけるなんて……部活か塾を言い訳にしようと思っていたのに、どちらも休みで使えなかった。来年は受験を理由に留守番しよう。
「ねえ、お兄ちゃん。車の中で本を読んで、気持ち悪くならない?」
妹のウミが僕の本を覗き込む。
「ならないよ」
ウミはしばらく僕と一緒に文字を追い、すぐに飽きて次に聞く曲を選びだした。
できれば僕も、本なんか読みたくない。でも、読書感想文を書かないといけないから。誰が課題図書なんて決めるんだろう。おもしろくない。
窓の外はいつのまにか一面の田んぼに変わり、遠くの空にはもくもくと入道雲が立ち込める。一雨来れば暑さも和らぐのかもしれないけれど、まだ降りそうになかった。
父さんは慣れた手つきでハンドルを切り、田んぼの間をすり抜けるように走らせる。もう出発してから何時間経つだろう、そろそろ疲れてるんじゃないかな。
そう思った頃に、ようやく古い民家の前で止まった。
門の前でおばあちゃんが手を振っている。この暑い中、ずっと待っていたのか。熱中症とか危ないのに。
僕は車から降り、うんと伸びをして身体をほぐす。その間にウミはおばあちゃんに駆け寄り、抱きついていた。
おばあちゃんは嬉しそうにウミの頭を撫でる。なんとなく、おもしろくない。
僕と母さんで荷物を下ろし、父さんは車庫に車を置きにいった。
裏山の方から響く蝉の鳴き声に、軽くめまいを覚える。早く中に入らないと、頭がおかしくなりそうだ。
「ソラ君、ウミちゃん、よう来たね。スイカ冷えとるよ。さあ、あがんね」
訛りのある言葉に、田舎に来たことを実感する。
おばあちゃんはにこにこと笑いかけてくれるけど、僕はなんとなく気恥ずかしくて、小さな声で挨拶しただけで部屋に上がった。
畳と線香とナフタリンの匂い。テレビでは高校野球が白熱し、ずいぶん長生きしている猫が足元にすり寄ってきた。
「おう、ソラ、大きいなったな」
「ウミちゃん、相変わらずべっぴんね」
部屋の奥からおじさんとおばさんも出てくる。おじさんは毛むくじゃらの手で僕の頭をわしわしと撫でた。大きくなったと言いながら、まだ子供扱いだ。
「おじさん、おばさん、こんにちは! おじゃまします!」
ウミは可愛らしく笑って席に着き、さっそくスイカにかぶりついた。まだ小学生の無邪気さがうらやましい。
ため息をついて荷物を客間に運び入れ、僕もウミの隣に座った。
「ソラ君は、スイカよりとうもろこしの方が好きよね。湯がこうか?」
「あ! ウミもとうもろこし、好き!」
「こら、そんなにたくさん食べれないでしょ」
僕が返事をする間もなく、ウミが応えて母さんが止めた。食べたかったな、とうもろこし。
「食べれんでもかまわんが。誰か食うがな」
「じゃあ、湯がいてきましょ」
おばあちゃんがのんびりと猫を撫でながら言うと、おばさんは立ち上がって湯を沸かしにいった。
ちっともしゃべらない僕のことを、みんなが気遣ってくれる。それがわかるから、余計に居心地が悪かった。ぬるくなったスイカをもそもそとかじる。
「なんだ、おまえたち。墓参りも済んでないのにくつろいで」
車庫から戻った父さんが、扇風機の前に立ちはだかって汗をぬぐった。
「まあ、おまえも少し休め。墓は逃げん」
「そりゃ、そうだが」
おじさんが座布団を放り投げると、父さんは渋々腰を下ろして煙草を吸いはじめた。きっと、ずっと我慢していたはずだ。