Ⅲ.森の中
Ⅲ.森の中
立ち並ぶ太い幹は、厚い緑の苔に覆われ、遥か頭上を見上げると、緑の天井から幾筋もの光の雨が降り注いでいる。木々の枝からは蔦や地衣の類が垂れ下がり、その間を、ときおり見慣れない鳥のようなものが飛んでいる。
扉を開けると、巨木が立ち並ぶ深い森が広がっていた。トリックなんかではありえない、現実の質量を持った木々。街中の喫茶店から一挙に、こんな原生林のようなところに連れて来られてしまったのだ。「違う世界」などと言われて、さっきまでは正直疑っていた。俺がボーっとしていて、最初から小屋の中にいたのを忘れていたとか、何か薬でも嗅がされて小屋に連れて来られたのかもしれないとか、推理小説まがいのことまで考えていたが、これはもう、ひとまずはこの男の言うことを信じるしかなさそうだ。
「ここは何処なんですか?僕はどうしてここにいるのですか?
さっき、説明すると言ってもらっていたと思いますし、続きをお願いします。」
「いいでしょう。ここは貴方が暮らしているのとは『違う』世界なのです。世界は一つではないのです
よ。大抵の人はそんなことは忘れてしまっていますがね。」
「そしてここは『森』です。こちらの世界に初めてやってくる人は、大抵この森にやってきます。大きな森で驚きましたか?」
「こんな大きな森には来たことがないですね。こんなに大きな木自体、そんなにはないですから。結構、驚いてます。」
「そうでしょう。最初はみんなそうです。でも、こんなのは草むらみたいなものだと思う日が来るかもしれませんよ。何事も、見る貴方次第です。」
男は、小屋から周囲の森へと少し歩み寄り、目の前のひと際高い木を見上げながら言う。
盛り上がった木の根だけで、男の肩辺りまで届いている。こんな巨木の森が草むらに見えるようになるだろうか?
「それはそうと、僕はどうやってここに来たんです?確か、あの青い石を見つめていたら、気が付いたらこの、さっきまでいたこの小屋に居たんです。ちょっと、その、理解できないのですが。」
「『理解できない』。妥当な反応です。それに、説明して理解していただけたとしても、『信じる』ということとは違います。」
それは、そうだが…
「でもまぁ、説明させていただくことにしましょう。貴方が先ほどおっしゃった『石』は『転移石』というものです。『扉の石』とか、『選別の石』とか呼ぶ者もいます。要するに、名前はどうでもいいのです。大事なのは、働きですよ。この石は異なる世界を繋ぐ力が在る。資格のある者はこれの力で、世界の壁を越えることが出来るのです。」
「資格の有る者、ですか?」
「それは、貴方です。貴方は特別な人間なのです。ある意味で。この石は貴方が覗き込んだから反応し、貴方をこの『始まりの森』へと連れてきた。そういうことです。」
「この資格がどういうものなのかは、おいおい判ってくるでしょう。」
「では、水無月さん。今はこれくらいにしておきましょう。今日はほんのご挨拶でここに来ていただいただけですから。また今度、ゆっくりお会いできることでしょう。」