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ユグドラシル  作者: Re:
プロローグ
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Ⅱ.ヘルメス

Ⅱ.ヘルメス


 「お気づきですか?」


 男の声に顔を上げると、俺は今までと同じように椅子に座り、テーブルの上の包みを見ていた。その包みの中に在ったのは、見事なカットを施されたブルーの石。先程まで意識を占めていた深い青ではなく、遥か彼方まで見通すことができそうな、限りなく透明なブルーの宝玉だった。それだけじゃない。周囲の様子に違和感を感じて見回すと、さっきまでの喫茶店とは全く違う粗末な部屋の中に俺は座っているようだ。いったいどうなっているのか?

 目の前にいるのは先ほどの男だ。今度は顔をよく見てみるが、やはり見憶えのない顔である。初老といったところだろうか?頭髪には白いものが多く混ざっており、顔にも多くの皺が刻まれている。男は笑みをうかべてこちらを見ている。


 「あ、貴方は誰なんです?」、意を決して尋ねる。


 「私は誰か?良い質問です。しかし、ある意味では全く無意味な質問かもしれません。少なくとも、貴方が日常言っているような意味ででしたら、完全に無意味と、そう言っていいでしょうね。私は、そのような意味では何者とも言い難いですし、それに、どんな意味でも私の存在を上手く言い表せるような言葉は存在しないと言ってもいいかもしれません。一方で、私が何者かということを考えるのは、貴方にとって非常に意味が有ることなのかもしれません。それは非常にやっかいなことかもしれませんがね。だから差し当たり、今はそんなことは考えない方がいいかもしれません。今のところ、私はただの使い走りにすぎませんからね」。


 陰鬱な印象だった男が、意外にも滔々と話し始めたので、中々口を挿むことができず、俺は今一度室内を見回して見た。落ち着いた内装で整えられていたはずの室内は、壁紙一枚張られていない板張りの小屋に変わり、さっきの喫茶店はそれなりの広さが有ったはずなのに、今は十畳ほどだろうか。どっしりとしたテーブルとその上のカップは以前のままだが、テーブルのすぐ傍で雨の小川を映していた大きな窓は無くなり、かわりに俺の背よりも高い位置の明り取りの窓から光が射している。確か、俺は通りすがりのカフェに入り、雨の降る中コーヒーを飲んでいたはずなのに、気づけば雨音ももう聞こえないし、どう見てもここは俺が入った店ではない。いったいどういうことなんだ??

 さっぱり理解できない状況の中、俺はようやく男の話の合間を見つけ、


 「貴方とは初対面だと思うのですが、何か僕にご用なんでしょうか?」


 「これは、水無月さん。またいい質問です。左様です。私は貴方に用が有ります。私の仕事は、貴方に説明することです。」

 「お見受けしたところ、貴方は面食らっている。不思議なことが起こって理解できずにいる。それはそうでしょう。貴方は町のカッフェに座っていたはずなのに、私が見せたこの石を覗き込んだだけで、まったく見知らぬ場所にやってきた。そうですね??」


男は布の上に置かれた石を指さしながら、芝居がかった様子で話し続けた。

俺は頷く、


 「まったく日常的には理解できないことです。物理法則を無視しています。だから、貴方は、水無月さん、今は何が何だかサッパリ解らないで、冷めたコーヒーの前に座っているといわけです。」


再び頷くしかない俺、


 「では、お話させて頂きましょう。簡単な話です。貴方は日常の世界とは『違う世界』にやってきたのです。おや、反応が薄いですねぇ。突然こんなこと言われたら、反応すらできない、そんなところでしょうか??」

 「いいでしょう。俄かに信ずることあたわず、ということでしたら、外に出てみましょう。古人曰く、「百聞は一見に如かず」です。そうすれば、少しは気持ちも変わるでしょう。なにもこんな狭苦しいボロ小屋の中でいつまでも頭を抱えている必要はないですからね。では、行きましょうか、水無月さん!」


言い終わると、男は静かに立ち上がり、俺を入り口の方に促した。重い椅子を動かして立ち上がり、男の招く方へと俺が歩くと、出口のドアに手をかけて男は立ち止まり、俺を振り返りながら言う。


 「そうですね。私だけ貴方の名前を呼ぶことができるというのも不公平ですね。本当は名前なんてモノ、たいして意味は無いのですが、えぇ、そう本当に。私のことは仮に『ヘルメス』とでも呼んでいただきましょうか。私は単なる使い走りですから。」


言い終わると共に、男は扉を開いた。


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