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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
10.心有るべし
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10-2


「流石に“キャー”みたいに叫びませんかあ。これ見せるだけで、例えいじめっ子でも怯んで逃げてってくれるんですけどねえ?」

「……風見の道具の力で、他にも色々見てしまったし」

「へえ……?」


 濁った眼を細めると、美咲は前髪を降ろして手櫛で整えなおす。

 窓の外から聞こえていた声はいつの間にか聞こえなくなっていた。


「……まあ、確かに俺は吾妻が想像する通り、母親から愛された記憶は無いよ。だけど、何となく……大切な人が目の前であんな死に方したら、恨みたくもなる……かな」


 自身の脳裏をよぎるヒステリックな声をかき消すように和輝は声を絞り出す。

 ――以前よりもほんの少し理解し合えたとはいえ、それでも母親との間に流れる溝は深い。

 今も、母からの愛情を感じる事があるかと問われたら答えは限りなく“いいえ”に等しいだろう。


 だが、例え愛されていないと分かっていても、もしも自分の目の前で凄惨な目に遭えば――想像でしか補えない感情であったが、決して取り繕った言葉では無いつもりで和輝が投げかけた言葉を受け取ると、美咲は悲しげに瞳を伏せた。


「……調べ上げていくうちに、嫉妬してしまったのかもしれません。灯之崎先輩は俺と同じ。“母親の愛がもっと欲しかった”……それは同じなのに」


 窓の外、荒涼とした庭の向こうから眩い光が差し込む。

 それはほんの一瞬の事で、太陽の光では無いという事くらいしか和輝には伺い知れなかった。


「あのさ、吾妻――」

「と、まあ。おしゃべりはこれくらいにして、そろそろバトルと行きましょうか……!」


 言いかけた和輝を遮ると、美咲は片手のナイフを握りなおして銀色の先端を突きつける。

 言い慣れない言葉を紡いだような、どこかぎこちなく震えた唇をかみしめると、美咲はその刃で十文字に弧を描いたのだった。



「――灯之崎先輩、どうして反撃してこないんですか!? 必殺技ゲージでも溜めてるんですか……!」


 でたらめに振り回されるナイフの切っ先と、対峙する和輝の顔とを交互に見つめながら美咲は呼吸の切れ間に声を投げつける。

 ……当然ながら、必殺技や“スキル”なんてものを持っているはずもない和輝は、それが美咲からの挑発であろうと言う事くらいは理解していたが、まとまらない思案が彼の所作を鈍らせていたのだった。


「あいにく俺は主人公でもないんで……そんな都合のいい力は持っていない! なんていうかな……分からないんだ……!」


 自分自身にも言い聞かせるような言葉で挑発をかわした和輝は、光る刀身を携えると誰にともなく問い掛ける。


「何が分からないんですか? ……俺が疫病神自身に手を下そうとしないから? それとも、レベル高そうな灯之崎先輩に挑む事自体が無謀とでも?」


 言いたいことがまるで伝わらないと言わんばかりに苛立った声を荒げると、美咲はナイフをまっすぐに構え、和輝の喉を貫こうと突きつける。

 病み上がりのような気だるい体に咄嗟の命令を下し後ろに飛び避けた和輝は、冷静な頭で――ふと違和感の正体に、気付き口を引き締めていた。



「……ここ最近さ、通り魔、とかコロッケ盗ったヤツとか……鬼じゃない、生身の人間と戦う事が増えたんだけどさ……吾妻は少し違うんだな」

「それって、“道具”ってやつの事です? 優菜達が持ってる。……まあ確かに俺は持っていませんよ? でも覚悟なら――」

「いや、違う、そうじゃない」


 和輝は普段と変わらない、どこか穏やかな声を小さく響かせつつ首を横に振った。

 ――刀身に宿る淡い光を見つめると、和輝はその切っ先を振り払う。その姿は、“ま”に直面している時のような粗雑さの欠片もない振舞いである。


「他の命を傷つけようとする奴って、どこか“スイッチが入る”って言うのかな……行き場を無くした感情が……“心”が、自分を守るためにそうさせるんだよ。でも、あんたは違うんだ。……感情のまま動いているんじゃない。冷静で、多分色々自分自身と向き合って、よく考えたうえで今ここに居る……」


 ――そう。確かに美咲と言う少年が“ま”に影響を受けにくい性質であることも事実であろう。

 だが、それだけでは無い“感覚”が和輝の中にあったのだ。


「俺、生まれつき……接した相手の“負の感情”とかを吸い取っちゃうらしいんだ。増幅した“負の感情”はその人自身の心を蝕むのだけど、それを俺が代わりに請け負う……って言うのかな。だから、強大な“負の感情”に対峙した時は吸い取りすぎて……感情の持ち主の代わりに俺の心が蝕まれる、らしい」

「……」

「だけど、今は違うんだ。復讐をしようとするくらい覚悟きめてるのに、あんたは……あんたからは“負の感情”すら出ていないんだ。……俺は“俺”として、あんたは“あんた”としてここに立っている……違う?」


 幾多も繰り返してきた出会いと別れ。和輝はその中で数え切れないほど何度も“人の心に蝕まれる”と言う感覚を味わってきた。

 それらを思い返すと和輝はまっすぐに前を見据える。

 強い視線を受け取った美咲は片方だけの瞳を微かに揺らすと、空いている片手で長い前髪を弄んだ。


「へえ……分かっちゃうんですね。……そうですね、確かに俺は、自分でも不思議なくらい冷静に判断出来てると思いますよ。ただの感情任せの暴論は並べていないつもりですからね」


 和輝が並べた言葉に異論は無かった様子で、美咲は目を細めると弄んでいたナイフを握り直す。

 隙があればナイフを奪う事も出来たかもしれない、和輝は後付けな発想を脳内に押し込むと次の言葉を探した。


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