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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
9.然も云はざりけるに
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9-17


 元来より身のこなしが軽い刹那は獣が見せた一瞬の隙をも逃さず、揺らぐ胴体の傍らまで踏み込むと裂けたままの腹部のキズを広げんばかりに絹布を巻いた拳で突き上げる。

 垂れ落ちる“ま”を鏡面に吸い込ませた桔子は呆れたようにため息を落とすと、鏡の中へ自らの刀さえもしまい込み天高く掲げて見せた。


「“核”がどこにあるか分からないなら、串刺しにするまで――」


 光を反射しない鏡からは、代わりに先程吸い込んだばかりの“ま”を噴き出し、それは雨雲のように獣の真上に立ちこめる。

 それは雨のように重力に身を任せ、刃の雨となり獣の体に降り注ぎ始めたのだった。


 桔子の意思に従っているようで、刃の雨が獣のすぐ袂にいる刹那達を巻き添えに傷付けることはないようである。

 だが、居心地のいい空間では無いと、刹那が一歩身を引くと、夢姫もそれを真似して後ろへ下がった。


 背後を見ないままに飛び跳ねた夢姫は、ふと背中に温かな温もりを感じた


「――お主の心、悪いが私の元へ返してもらうぞ」


 凛とした声はすぐ耳元で聞こえたような気がした夢姫は自分より小柄な少女とぶつかりそうになったと錯覚し、咄嗟に後ろを振り向く。

 だが、少女の姿は夢姫よりもずっと前――いつの間にか、四足の獣のすぐ胸元に細い背中が見えた。


 ――摩耶は赤い眼を大きく開くと、片手に握っていた白い杖を一文字に広げる。

 そして、先端を垂直に構えると、獣の喉元をまっすぐに見据え貫いた。


 黒々とした胴体に呑み込まれた切っ先は、金属を打ちつけるような高い音を敷地内に轟かせる。

 その音が知らせる事は、“心臓を貫いた証”だったのだろうか……耳が痛くなる程の高音と共に、いつしか獣の断末魔のような低い叫び声が夢姫達の体を震わせ――彼の大きくも禍々しい黒は破裂するように飛び散ってしまったのだった。



 ――目を開けて凝視出来る程綺麗な光景では無かったが故、その場にいた皆は目をつぶり、轟音が鳴り止む事を待っていた。


「逢坂刹那……すまぬが“あれ”を拾って来てはもらえないか? 私には触れる事が叶わぬ故」


 不協和音が嘘のように消え去り、辺りを静寂が包み始めた時だ。ふと、刹那は温かく強い、鈴のようなその声に瞳を開けた。


「……優菜ちゃんのぬいぐるみ」


 目を開けた刹那達の目の前には既に大きな獣の姿など影も形も無く、ただ薄汚れたぬいぐるみが落ちているだけであった。

 恐る恐るぬいぐるみに近づくと、注意深くその姿を見下ろす。どうやら動く気配はもうないようで、雑に縫われていた腹部からはほつれた布の裂け目から白い綿が飛び出していた。


「逢坂さん、何か落ちましたよ!」

「え……ああ本当だ」


 桔子の声と共に、犬のぬいぐるみを両手で持ち上げた刹那の足元に、石のような小さい破片が転がり落ちる。恐らく、綿に塗れていたのだろう――白い繊維を絡ませた“石”を、刹那が拾い直すと、駆け寄ってきていた桔子と夢姫、そして佐助もまた手の中へと視線を落とした。


「ねー、これって“道具”だよねえ?」


 刹那の白い手指の中で、繊維を取り払われた“石”――勾玉のような流線型の形を成した深い青色をしたそれは静かに佇む。


 どことなく、自身の腕に光る腕輪と似ている気がした夢姫が問い掛けようとしたその時。


「ライ……タ……」


 夢姫達の思考を遮ったのはあどけない少女の掠れた声だった。


 “獣”は打ち払ったことですっかり解決した気分になっていた夢姫達は、ふとその元凶たる少女の存在を思い出し、我に帰ると、夢姫は杖をその手に、桔子は鏡を握り刹那が解きかけていた絹布を再び拳に巻きつけ振りむいたが――


「ライタくん……また、私を置いて行っちゃうの……?」


 その緊張感は無意味なものとなった。

 優菜は大粒の涙で瞳を潤ませたまま、木刀を構え直していた佐助を素通りし、崩れ落ちそうな足取りのまま刹那の元へ辿りつく。

 懸命に伸ばした腕で抱き寄せたぬいぐるみはもう動かない。


「一人はやだよ……寂しいよ、辛いよ……もう、生きる理由が」


 優菜は気力だけで立っていたのか、紡ぎかけた言葉を投げ出すと遂に意識を手放し崩れ落ちた。


 幾ら先程まで罵声を浴びせられていた相手だとは言え、心から憎いはずもないと、桔子が不安げな表情のまま優菜の胸に手を置く。だが、心臓はその鼓動を止めていなかったようで、夢姫と顔を見合わせると二人は息を吐いたのだった。


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