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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
9.然も云はざりけるに
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9-10


 ――その一方で、寛二朗の手によって完全に身動きを封じられていた美咲は諦めたように両手を上げ、降伏のポーズを見せていた。


「……ギブアップです、俺にはあなたに逆らうだけの力は持っていません。……優菜もあの調子で、俺の事ももう見えていないんですから一旦放してもらって良いですか?」


 寛二朗の視界にはメトロノームのように左右に揺り動く美咲の腕先しか見えていない。

 だが、その指先には武器や道具の類、そして“ま”の気配も皆無である


「お、おおう……」


 力なく紡がれた美咲の声に、気を取られた寛二朗が締めあげる腕の力を弱めかけた時であった。


「――なんてね! “力”は無いですけど、俺にはまだ考えることのできる“頭”が残っているんですよぉ!」


 その場にしゃがみ込む格好で腕の隙間をくぐり抜けた美咲は地面を這うように手を付き間合いを取る。

 寛二朗が一気に開けてしまった視界の端で、次に美咲の姿を捉えた頃には――


「近づかないで下さい……動いたら俺の血でそのクソださいシャツ染めますよ……!」


 ――暗い色のシャツの隙間に隠し持っていたのだろうか。片手にしっかりと握られた果物ナイフは銀色の光を跳ね返し、その切っ先は美咲の細い首筋に添うように突きつけられていたのだった。


「お、おい早まるな!? そんな事してもお前さん、自分の首が飛ぶだけだぞ! その、お前さんが望む“復讐”も果たせないまま勝手に痛い思いして終わるだけだぞ!? あとダサいは余計だ!」

「それでも構いませんよ。俺は疫病神に……春宮八雲の心に暗い影を落とせたらそれで良いんですから」

「根暗かよ!」

「根暗で結構!」


 寛二朗の言葉に耳を傾ける一方で、美咲の片側だけの瞳はまっすぐに八雲に向けられていた。

 どこか間の抜けたような歌うような喋り方に変わりは無い。

 だが、その眼差し、表情からはふざけた様子は微塵も見えず……視線を預かった八雲は、目の前の少年の確たる意思をぶつけられたような心持ちで息を飲んだ。


「……ねえ。どうやったら君の“復讐”は終わるかな? 美咲君。俺は……俺の身勝手で君達の“未来”を奪ったことは理解している。……だから。桔子ちゃんにも、美咲君にも幸せになって欲しいと願っているんだ。もしかしたらこれもただの自己保身なのかもしれないけど」


 それまで言葉も紡げずに黙り込んでいたがゆえに、喋り方を忘れてしまったかのように八雲の言葉はその一つ一つがたどたどしい、弱い声色であった。


 下手に手を出すことが叶わず、美咲のほど近い場所で固唾を飲んでいた寛二朗でさえも耳を澄ませないと聞き逃してしまいそうなほどの小さな声であったが……。

 美咲の耳にはしっかりと届いていたようで、八雲の言葉が途切れた瞬間にその口を開いた。


「ええ、パーフェクト自己保身ですねえ。“幸せになって欲しい”? ……なんで上から目線なんですか。年上だからですか? そんなの関係ありませんよね。幸せになって欲しい、なんて自分が幸せだから言える言葉なんですよ!」

「……それは」

「俺は、貴方がそうやって然も涼しげに……“終わった過去(イベント)を振り返っている”くらいの感覚で俺を見ているその目が憎い。もっと……もっと絶望に染まって、もっと悲哀に満ちて、もっと苦しむ顔で睨みつけられたい……!」


 喉がつぶれるのではないかと思うほどに掠れた声を美咲が投げつけると、優菜の動向に気を配っていた桔子と、その傍にいた和輝も様子の異変に気付いた様子で視線を注ぐ。


 先の言葉を紡げなくなってしまった八雲の代弁をするように和輝が二人の元へ駆け寄ると、何か思いついたように美咲はナイフの切っ先を振り下ろした。


「灯之崎先輩。俺と殺し合い(デスゲーム)でもしませんか?」

「……お前さん、本当に何を言って」

「外野は黙ってて下さい! ……俺は、灯之崎先輩にお声かけしてるんです」


 少年の右手に光るナイフを睨み、寛二朗が声を荒げる。だが、振り返る事も無いままに美咲はまっすぐ和輝を見つめていた。


 その視線から目を背けることは出来ないと察していた和輝は、自身が守る格好となっていた八雲の動揺した空気を背中で受け取り、自らを落ちつけるように息を吐いた。


「……実力差、分かってる? ……体調は良くないけど、それでも俺は吾妻……あんたよりは強いけど?」

「ええそうでしょうね。俺は先輩と違って喧嘩なんてした事無い優等生オブ優等生ですからね。……それでも良いんです……!」


 迷いのない美咲の姿に相対し、和輝の心は判断を決めかねていた。

 ――以前の和輝であれば、師匠・八雲を守るためならばとためらうことなく敵に対峙していたはず。だが、それが全てではない事を理解しているが故に首を縦に振ることが出来なかった。


「……和輝、下がって。殺し合いなんて、出来るはずない……お前は向こう(摩耶達)の加勢をした方が良い。これは俺の……俺とあの子の問題だ」


 その戸惑いを理解している様子の八雲は、自分自身にも言い聞かせるように強い口調で振り向くことも無い前方の和輝に言葉をぶつける。

 だが、八雲の気持ちとは裏腹に……その言葉に後を押されたかのように一度目を伏せると、和輝は紅に染まった瞳でまっすぐに美咲を見据え、道具・“刀”に光を携えたのだった。


「……“殺し合い”で少しでも気が晴れるなら付き合ってやるよ。……って言うか、こっちも、最近ストレスが溜まってんだよ!」


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