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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
9.然も云はざりけるに
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9-5


障壁(バリア)……文字通り、心に壁を作り自分の殻に閉じこもってしまった、と言う事だね」

「そう言うことだ。……ああなってしまっている以上、その障壁を打ち破るのは安易ではない……それこそ、下手を踏めば影響を及びやすいこちら側の誰かが“鬼”になりかねん」

「……僕や和輝君、夢姫ちゃんと言ったところか」


 配られた視線に気付くと、夢姫は姿勢を正す。

 緊張感を持った、と言うよりは彼女の場合“自分もこの非日常的な戦線の一員に加えてもらえた”と言う気持ちの高揚であったのだろうが……その内情に気付くものは誰もいなかった。


「でもでも、じゃあどうしたらいいんだろ。つまり、強行突破! って出来ないんでしょ?」


 今まで以上に気合が入った様子の夢姫が声を上げると、その問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったらしい摩耶は閉口する。


 ――だが、先行きの見えない沈黙が辺りを包む事は無かった。



「摩耶様。その障壁とやら、あのチビ女の隙を付き、綻びだけでも作ることが出来たら突破は可能ですか?」


 そう、沈黙を破ったのは摩耶の傍らに座っていた佐助であった。

 どこか確信を抱いたような問いかけに一瞬の戸惑いを覚えた摩耶は目を瞬かせると赤い瞳を佐助に手向け、微かに頷く。


「お、恐らくは……。障壁の正体、それすなわち少女の心が生み出し続けている“ま”だ。……その、“ま”が途切れる隙があれば、道具の力で突破も出来るやもしれぬが……」


 殆どの場合で出来る事は出来る、出来ない事は出来ないと言い切る摩耶にしては珍しく、そう言い淀んだかと思えば、少し困ったように佐助を見つめ返す。


 摩耶の戸惑いも無理は無い。

 摩耶だけでは無く、刹那や桔子、そして頭の回転が早くないはずの夢姫でさえも辿りつける疑問が残っていたからだ。


「佐助、あんたバカなの? ゆうなちゃんの“隙”をどうやって作るのさ」


 夢姫がテーブルに上半身を乗り出させ指を指す。

 だが、少し得意げな心持ちであった夢姫の鼻っ柱を折るかのごとく一笑に伏すと、佐助は言葉を続けたのだった。


「少なくとも貴様よりは賢いつもりだが。……障壁の正体は“ま”であろう。なれば、逆に考えれば“ま”の影響を受けない人間なら障壁ですらない、と言うことだ」


 基本的に一言多く、その“一言”が聞き流せなかった夢姫が立ち上がる。……だが、話しが拗れると察知した桔子が反射的に制すると、夢姫は行き場のない感情を頬に溜めこみ膨らませる。

 刹那はそのやり取りを横目に、夢姫の代わりに言葉を投げかけた。


「“ま”の影響を……待ってくれ、確かに影響を受け()()()人、春宮さんや桔子ちゃんはそうだろう。だけど、影響が無いとは言い切れないんじゃないかい?」

「少し違う。全く影響を()()()()人間だ」

「影響を受けない……? 人は人として生きる以上、誰かの影響を受けて生きる。……なのに、そんな特異な人がそうそういるもの――」

「いや、そこにおるではないか。無神経が人の形になって服を着てるような男が」

「……あー」


 寸分も違わず、“ただその通りである”としか表現できない、と珍しく意思を疎通させた刹那は、佐助の視線を辿り“答え”を見上げる。


「ん? ……俺?」


 刹那と佐助の視線を辿り、夢姫が見上げた先には――腑に落ちないと言った雰囲気で頬を掻く寛二朗の姿があったのだった。




「――確かに、昨日も垣間見えたように、猿喰の末裔であればあの少女の“ま”の影響を受ける事も、彼自身が傷を負うことも無かろう。……一瞬でも障壁に綻びが生まれれば、後は私が突破させる」


 話しを聞いていなかった様子の寛二朗が辺りを見渡している最中、彼自身の意見を無視したまま摩耶が頷いた。


「よおし! バリア突破のめどもついたし、屋敷に入り込めたら、後はゆうなちゃんとの一騎打ち、そんで美咲くんを説得すれば良いんだし、何とかなるんじゃない? 和輝が準備出来たら早速その作戦でいこー!」


 いよいよ、いても立ってもいられなくなってきた夢姫が椅子を倒す勢いで立ち上がり、片方の拳を天高く突き上げると、その弾む感情のまま二階で準備を急ぐ和輝を呼ぼうとしているのか階上へと続く扉のドアノブに手を伸ばす。


 だが、摩耶はその全てに賛同した様子では無く、夢姫を呼びとめると声を落とした。


「待て。……あの少女を止めるのは、灯之崎和輝以外で当たりたい。出来ればこのまま休ませたいが……」


 言いかけた摩耶の先の言葉を遮り、夢姫は声を上げる。

 それも仕方のない事だ。夢姫ほどではないが話を聞いているだけであった佐助や桔子も小さく声を上げたくらいだ。


「ほえ!? なんで? 和輝居なかったらツナっち過労死するよ?」


 ――そう、和輝はここにいるメンバーの中で、摩耶の次と称して良いほどの重要な戦力という認識であるからだ。

 刹那もまた道具の主であり、当人の身体能力を考慮すれば和輝と匹敵する戦力と言えるであろう。

 だが、今回に限っては、摩耶も苦境に立たされる程の手強い相手なのだから、“きつそうだから休ませる”などと言った甘い事を言っている場合では無いだろうと誰もが考えていたのだった。


「さりげなく僕に頼る心構えなんだね、夢姫ちゃんは。……だけど、確かに引っかかるね。確かに和輝君はこの一件、本調子ではないだろう。だけど彼の道具の力は必要になると思うんだけど」

「……道具、確かに彼の力は必要だ。だが、灯之崎和輝、彼自身の心が――」


 まるで反論も想定の範囲と言わんばかりに眉尻を下げると、摩耶はため息を落とし言葉を紡ぐ。

 ――だが、言い終わるよりも少し先に、その声を遮るように夢姫の背後……階上へと続く扉は音を立てて二階の冷たい空気を押し込んだのだった。


「俺の心がなんですか?」

「和輝! ……ああ、えっと……まやちゃん~」


 張本人の登場を前に、それ以上の追及も言及も無理であると悟ったのだろう。

 夢姫の困ったような視線を預かった摩耶は首を横に振った。


「……ちょうど作戦会議をしていたところだ。灯之崎和輝、お主は今回同行が確定しておる春宮八雲と、後に合流する手はずになる猿喰の子を守り、吾妻美咲を見つけてほしい」


 普段通りの凛とした声で紡がれる摩耶の言葉は、この場で出来る最大限の配慮だ。

 摩耶と同様、反論の余地も残っていないと察していた刹那達はお互いに目を合わせないまま、静かに頷いていた。


「……師匠は放っておいても死ななさそうですけど、分かりました」


 ――周りの空気を察したのか、はたまたそこまで深く考えなかったのか。

 こくりと頷くと、和輝は摩耶に微笑みを返したのだった。



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