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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
9.然も云はざりけるに
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9-3

「きいちゃん、囚われのプリンセスになったんじゃないの? って言うかその頭、って言うかあれ? なんでいるの……?」

「ええ……?」


 やっとのことで散らかりっぱなしの頭から言葉を拾い集め、絞り出す夢姫であったが桔子の理解は得られなかったようだ。

 別の国の言語でも聞いたかのように目を瞬かせると依然として夢姫の手を掴んだままであった刹那の方へと視線をスライドさせる。


「……桔子ちゃんが早くに家を出た割に来るのが遅いようだったから、君の事を心配していたところだったんだよ。未来へと歩き始めた君が“隻眼の悪意”に飲みこまれたんじゃないか、ってね」

「せき……ああ」


 刹那特有の言い回しに少しだけ考えた様子の桔子は納得したように手を打つと開け放したままであった扉を閉じた。


「……昨日のバラバラな髪の毛のままじゃあんまりだから、って伯母さまと話して……朝一で知り合いの美容師の方に揃えてもらってきたんです」


 夢姫より少し短く切りそろえられた前下がりボブの毛先を弄ぶ少女の手首には巻き直したのだろう、真っ白な包帯が袖から覗いていた。


「生まれて初めて、こんなに短く髪を切った。……まだ、慣れないけど。“梗耶”でも“桔子”だった自分とも、どちらでもない新しい髪型にしたかったから。心配させてごめんね」

「ぬー……それならあたしに連絡しててくれても良かったのにー!」

「ああごめんごめん、夢姫の事だから朝早くに連絡しても起きないんじゃないかと思って」


 緊張から解き放たれた夢姫が腕に飛びつくと、桔子は拒む事も無く受け止め、笑みを返す。

 少女達の些細なやり取りに際し物理的な距離に変化は無い。今までと変わらない光景のはずであるが……以前より柔らかく見える桔子の笑顔を眺め、詠巳もまた口元を綻ばせたのだった。


「――皆、随分と早起きだね」

「八雲さまがおそいんですよ……」


 最後に姿を見せたのは八雲だった。

 呆れたようにため息交じりにその名前を呼んだソラに対して、八雲は微かに微笑む。

 皆の元へと足を進めるたびにさらりと風にたなびく白髪は乱れておらず、身支度を整えているかのように思えるその風貌は寝起きのそれとは違って見えていた。


「ここにいる子達は昨日、あらかたの事情を知っているんだろう? ……それならば改めて話すことは無い。……俺が十年前の、“未曾有の火災事故”を引き起こした張本人だよ」


 普段であれば騒々しく己の言葉を紡ぎ続ける性格である佐助や寛二朗、夢姫でさえも口を固く閉ざし、視線を集める。

 息を飲む静寂の中、八雲はカウンターテーブルに片手を預けると炎のように赤い瞳で店内を見渡した。


「……みんながこうして集まっているということは、今から道具の主である優菜ちゃんって子や美咲君のところに乗り込むつもりなんだろう? ……出鼻をくじくようで悪いけど、もうしばらく待ってくれないかな」

「ほえ? なんで?」


 直情的な表現を選んだ八雲のその言葉は頭の回転が速い方では無い夢姫でさえも理解に容易かったようだ。

 椅子から立ち上がった夢姫は身を乗り出し首を傾げると、その姿を一瞥した八雲は薄く微笑みを携えた。


「道具の女の子はともかく、美咲君の心は……俺、つまり“疫病神”への復讐を遂げるまで報われることは無いはずだよ。そんな彼を力ずくでねじ伏せたところで何も解決はしない。……だから、俺がまず一人であの子の元へ行ってくる」


 その瞳には迷いも無ければ悲哀もない。信念すら感じとれるいつになく強い言葉に、夢姫は再び口を閉ざす。

 納得して送り出す空気では無いと皆の考えは一致していた。だが、どう言葉を返せば良いのか……誰もが言葉を選びかねていたのだ。


 そんな中、一番に口を開いたのは和輝であった。


「御自分が何言ってるか分かってますか? まさか話し合いで解決出来る! なんてお花畑になってるんじゃないですか」


 今まであれば、師匠である八雲の言葉を真っ向から否定することなど決してなかっただろう。

 寛二朗以外の、それなりに和輝を知る夢姫達は揃って同じ認識であったがゆえに彼の暴言じみた異論には驚きを隠せず、その強い言葉を見守った。


 それは八雲も同じ認識だったのだろう。驚いたように目を見開いたが、すぐに気を取り直す。

 自身を落ちつかせるように息を吐くと、冷静な赤の瞳をまっすぐに手向けたのだった。


「話し合い、そうだね……会話の余地があれば彼の話を聞こうと思う。だけど、最悪それが叶わなかったら――」

「“後は頼む”とかカッコいい事言おうとしてませんか? 先に言いますけど、全然カッコ良くありませんからね。大体後から残されるお子さん(ソラ)を誰が面倒見るんですか? 幾ら手がかからないから……兄さんが面倒を見ているからって甘えないで下さい、いい年してみっともない。カッコ良く振舞いたいのかもしれませんが、見栄張っても良い事ありません! むしろみっともないので諦めて下さい!」


 語気を強め、嫌悪感さえ垣間見えるほど眉間にしわを寄せた和輝による容赦ない言葉のマシンガンに八雲は勿論ながら夢姫達でさえも開いた口がふさがらず、まるで時が止まったかのような沈黙が店内を包む。

 妙な緊張感を破るかのように……八雲は小さく息をのんだ。


「え待って。そこまで言う? 和輝キャラが違くない?」

「もう師匠を崇拝対象にすることはやめましたから。“この人馬鹿なのかな”って思ったら素直に言わせてもらいます」

「辛辣」


 和輝が些か乱暴な口調ながらに伝えようとした事を周囲も理解したらしい。

 指定席に深く座り、目の前のテーブルに頬杖をついていた佐助は各々の言葉を奪うように口を開いた。


「――チビガキを止めなければ、例え吾妻が考え直したとしても先の展開は見えておるな。それならば僕達が」

「どの道、ゆうなちゃんを止めて、落ちつかせないことには何も解決しないよね!」


 言いかけた佐助の言葉尻を強引に奪い、夢姫が弾むように一回転して見せる。

 長いツーテールの黒髪が宙を舞い……瞬間的に苛立ちが爆発した様子の佐助は目前に見えた毛先を掴むと踊る夢姫の動きを強引に止めたのだった。



「――まだ未成年の子供達に、こんなお願いする事自体おかしな話だ。本来なら、俺が撒いた種。分かってるんだ、それは……」


 いつもの喧嘩に発展しそうな、一触即発の空気を纏った佐助と夢姫を珍しく八雲が宥めると、立ち上がり店内を見渡した。


「みんな、悪いけど……力を貸してもらえないだろうか」


 八雲の声は小さく、普段の喧噪の中にあっては消え入ってしまいそうなものであった。

 だが、“初めて”と称しても過言ではないだろう。深く頭を下げた白髪頭の青年を前に騒ぎ立てるものは一人もいなかった。



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