8-11
「じゃあ、気を取り直して。……過去の出来事は何となく分かった。今からは“未来”の話をしよう」
先程からふて腐れたままの佐助に触れないまま、刹那は店内を見渡すとし切り直した。
――桔子の話を聞いたうえで、一同は“美咲の復讐は終わっていない”と結論を導いたのだ。
それだけでは無く、未だ優菜は“道具”に心を預けたままであるのだから、無論放っておく道理は無い。
だが、足並みをそろえなければ先程のようにまたも撤退をする運びとなるやもしれないのだから、例え不本意な間柄があるとしても一致団結する必要があると刹那は結論づけたのだ。
「もーいっかい、あいつらのアジトに乗り込むよね? 今度はみんなそろってるし、よゆーで勝てるわよね!」
作戦会議のような雰囲気に乗せられて、気持ちが高ぶったらしい。
夢姫はシャドーボクシングでもするように腰を落とし、握り拳をまっすぐに突き出す。
それを振り下ろした手刀で叩き落とすと、佐助は痛がる夢姫を見ないままに刹那に向かい立っていた。
「……僕は構わんが、灯之崎やボロ眼鏡は一度休んだ方がよかろう」
「佐助さん。もうちょっとあだ名は何とかなりませんでしたか」
「ボロ雑巾から少し昇格させただろう」
「……はあ」
鼻っ柱を折られた格好の夢姫は怒りに身を任せ佐助に飛びかかろうとしていたが、腕を引いたのは和輝だ。
病み上がりである和輝を振り払う事が憚られた夢姫は、その代わりに頬をパンパンに膨らませて遺憾の意を表明した。
「うん。そうしてもらえるとありがたい。……どの道、今日はもう日も暮れてるし、明日に」
「……うえ!? もうこんな時間? ……しまった」
和輝の言葉で思い出したように、夢姫は柱時計を見上げると時刻は夕食時を告げていた。
色々な事がジェットコースターのように駆け巡った一日。無情な程呆気なく時は過ぎていていたのだ。
――夢姫の記憶は、一日の始まりまで遡り……いつものように不安げに見送った母親の姿を思い出して小さく声を上げる。
ちょうどその時……入口に取り付けられた来客を告げるベルが鳴り響く。
勢い任せに開かれた扉は大きく悲鳴を上げ、緊張感を抱いていた一同はその心臓を掴まれたかのように鼓動を速めた。
……だが、勢いよく開いた割に、音の主は遠慮がちに室内に足を踏み入れる。
閉まりゆく扉が出迎えたのは小柄な女性――夢姫の母であった。恵は、涙とも鼻水とも判断のつかぬほどに顔面を大雨のように濡らし、啜り泣きながらとぼとぼと店内の中央までやってきたのだった。
「ゆめぢゃんん……やっど見づげだああ……」
「お、お母さん……?」
恵は季節外れのハロウィンパーティの参加者のように覚束ない足取りで歩み寄ると、自身より背の高い夢姫を見上げて大粒の涙をあふれさせる。
心細さから解放された喜びもあったのだろう、夢姫の腰にしがみつくと恵はまるで子供のように声をあげて泣き始めてしまったのだった。
「電話じでも、でないじ、ぎょーやぢゃんの、いえにいっでも、ぎょうばいっじょじゃないっで……うえええ」
声を濁らせたままの恵の声は聞きとりにくいものであったが、夢姫は静かに耳を傾けて解読を試みる。
――要訳すると、どうやら恵は何かを伝えたくて電話をかけていたらしい……だが、夢姫達はその頃既に桔子の元へと向かっており電話どころではなかった。
普段であれば折り返し、もしくはメールの一つでも返してくれる娘からの連絡が無い……その現実は恵にとって相当の不安を与えていたようで――電話を掛けつつ、一縷の希望を託して駅前の商業施設、学校、公園、神社……そして來葉堂と夢姫が行きそうな場所を彷徨い続けて、今に至るようであった。
夢姫から言わせると、仕方のない事であった。
刹那が鏡の中へ行ってしまったり、急遽引き返しては桔子らとの邂逅が待ち受けていたりと、息をつく暇もなかったのだから。
多少の落ち度はあったとはいえ、夢姫ももう高校二年である。
ちょっと連絡が付かなかった程度で此処までうろたえられるのは流石に過保護すぎるとため息をついていると、恵は何度も首を振った。
「……最近、きょーやちゃんも様子がおかしいから、って、楓李さんからも話聞いてたから、お母さんそれも心配で……! 二人がトラブルに巻き込まれたんじゃないか、って――」
まだふるえてはいるが、若干聞き取りやすくなっていた恵の口から自身の“元の”名前を耳にした桔子は驚いた様子で立ち上がると恵に駆け寄る。
「伯母さま、そんな事を言っていたんですか?」
自分の事を、“梗耶”と思っている程度の希薄な関係性であると半ば軽く考えていた伯母が些細な変化に気付いていたのか――と桔子は胸が締め付けられるような感覚に苛まれ、自らの手のひらを強く握りしめる。
夢姫の胸に泣き顔を埋めたままであった恵は聞きなれた声に心を落ちつかせた様子で顔も見ないままコクコクと小刻みに頷くと、やがて顔を上げ、桔子に微笑みかけた。
「そりゃそうだよ! 楓李さん、きょーやちゃんのことすごーくすごく大事に、大事……」
……が。
恵の視界に飛び込んできたのは、切り傷だらけの腕を包帯で巻き上げ、長かったはずの二つの三つ編みの代わりにバラバラに切り裂かれた部分的に短い髪の毛の少女の姿である。
「いやああああああああああああきょーやちゃん、血、血まみれ……し、しんじゃうううううううう」
元より心配性の気が強い彼女とって、刺激的過ぎるその姿に……ひとしきり悲鳴をあげると恵は意識を手放してしまったのだった。
―――
――小柄であるとは言え、元々華奢な夢姫や両腕を負傷している桔子に大人一人を支える事は難しいであろうと判断をした詠巳が駆け寄ると、力を合わせて恵を支え、椅子に横たえる。
その一部始終を眺めていた刹那はため息を落とすと、ストーリーテラーのように視線を集めながら店内の中央に立つと、辺りを見渡した。
「詳しい事は明日にして、早めに帰るべきだね。……夢姫ちゃん、僕が送ろうか」
「う、うん。なんかごめん」
話しがまとまった、と察するやいなや豪快に手を打つと、暫く沈黙を保っていた寛二朗が豪快に立ち上がり一同の心音を早めた。
「ツナ坊が送るのか? だったらみんなで帰ろうじゃないか! “修羅子ちゃん”もそれで良いかい!!」
「しゅ……!?」
寛二朗が歯を見せて笑いかけると、初対面である相手から唐突に投げつけられた不名誉なあだ名に桔子は目を見開く。
この豪快に笑う大男の事も何も知らない桔子は、見開いたままの目を親しげな距離感で佇む詠巳に手向ける。
詠巳もまた、それを受け取ると「その辺りも説明し直さないといけないわね」とため息を落としたのだった。




