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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
8.密夫と心を合せて
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8-10


「逢坂さんの言うとおりです。……例え今がどうであろうと関係ないんですよ。だって、私達の時間はあの日……あの火災の時から止まったままなんですから」


 少し気持ちが落ち着いた様子で桔子が小さく呟くと、聞き逃さなかった一同の視線を集める。

 あえて“私達”と言う表現を選んだのは、未だに彼女自身の中にも処理しきれない想いが残っているということだろう。

 ……それを察することの出来た刹那は目を伏せると返す言葉も見つけられないまま息をついた。


「でもよ、いつまでも過去に心置いたままじゃもったいないぞ? それこそ被害を受け続けてる訳じゃん。だったらいっそ忘れて誰よりも幸せになってやった方が」

「寛二朗さん。……みんなが貴方みたいにまっすぐ前だけ向ける訳ではないわよ」


 まだ理解に及ばない様子で首をかしげていた寛二朗を、それまで静観に徹していた詠巳が制し、皆が集まるカウンター前のテーブル席に腰を下ろした。


「……それで、風見さんはどうするつもりなの? まだ復讐を続ける?」


 他所行き用のまとめあげた髪型から、いつの間にか前髪を降ろしたいつもの装いに戻っていた詠巳がまっすぐに視線を手向けると(多分)、桔子はそれを受け取りため息を落とす。


「それ、分かってて聞いてますよね」

「ええ。だって最初から私は見えていたから」

「はあ……」


 あえて言葉にしない詠巳の意図するものを察した桔子は、少女のうっすらとした笑みから目を逸らし立ち上がった。


「――私の“復讐”は終わりましたよ。一年程度の短い時間ではありますが、春宮さんの事は存じているつもりです。……多分、彼なりに贖罪(ショクザイ)の意思はあった。やり方は間違ってたけど。……だから、今後次第では許すことも検討します」

「きいちゃん……」


 包帯に包まれた指先を強く握ると、塞がりきっていなかった傷口からはうっすらと血がにじむ。

 その事に気付いた夢姫が労わり背中に手を添えると、気付いた桔子は視線を重ねて微笑んだ。


「同じ地獄を見たからこそ……気持ちが分かるからこそ、私は美咲さんを止めたい。……都合が良いと思われるかもしれませんが、私は優菜と戦おうと思っています。ちなみに否定から入るであろう佐助さんのご意見は受け付けません」

「おい」


 先手を打たれる格好となった佐助が思わずテーブルを叩くと、その新鮮なやり取りに驚いた夢姫と刹那は顔を見合わせてどちらからともなく笑いだす。

 やがて呼吸を整えた刹那が咳払いと共に真面目な装いを取り戻すと、姫を迎える王子のように桔子の前に跪いたのだった。


「まずは謝らせてほしい。……僕が君の名前を呼ぶたびに、君は心を痛めていたのだろうからね」

それ(片膝つき)、謝罪の時にもやるんですね……っていうか、別にそれは知らなくって当然ですから仕方ないです」


 手持無沙汰だったのか、はたまた後ろめたさがそうさせるのか……片膝をついた刹那の真似をして、夢姫もまたしゃがみ込む。


 理解に苦しむ光景に居た堪れなくなった桔子が二人を促すと、先に立ちあがった刹那に手を引かれ夢姫も立ちあがったのだった。


「これからは“桔子”として……止まったままだった時を進めていきたいんです。だから、今後は桔子とお呼び下さい。……あ、逢坂さんは別に良いですけど」

「……辛辣さは変わらないね。でも、僕は物分かりが悪いからそのお願いは聞けない。……これからも宜しく、桔子ちゃん」

「あたしも物分かり悪いよ! きいちゃん!」

「夢姫の主張は意味が分からないんだけど……まあ良いか。宜しくお願いします」



 ―――



「それで、これからだけど――」


 桔子が再びカウンター席に腰かけ、夢姫はその隣……では無く、カウンターテーブルに登り、腰を下ろす。(よい子は真似しないでね)


 一部始終を優しく見守っていた詠巳は話が終わったと察したように再び輪に戻り、静かな声を紡いだ。


 だが、その静かな声は扉の開く音でかき消される。

 二階へと続く扉が錆びた不協和音を響かせながらゆっくりと開けられたのだ。

 ――二階にいる人物など限られている。状況の変化は誰もが行きつく最短の答えであり、皆一様に閉口し視線を集めた。


「――灯之崎? 貴様、もう起きて大丈夫なのか?」


 扉の奥の薄闇から姿を見せたのは和輝であった。

 今まで薄暗い二階にいた和輝にとって一階の照明は目を刺したらしく幾度も瞬きを繰り返している。


 大きな柱時計を一瞥した佐助は、來葉堂に戻ってからまださほど経過していないという事を確認するとすぐさま駆け寄る。


 半歩出遅れたようにクララや刹那、そして夢姫も席を立ち、その視線の中心にいる和輝の言葉を待った。


「……もう、大丈夫。お腹すいた」

「お腹がすくのは元気な証拠ねえ! 待っててね! すぐに“クララスペシャル”拵えるから!」

「いや、普通で良い……聞いてない……」


 巨体を軽やかに翻し厨房へと舞い飛んでいく兄の背中を力なく見送ると、和輝はため息を落とした。

 “クララスペシャル”がどんな料理なのか、それは和輝でさえもよく分からない得体のしれないものだった。

 以前、高校生には恥ずかしさしか残らない“キャラを模したお弁当”を拵えていたクララの事、嫌な予感しか残っていなかったが好意を無下にすることも出来なかった様子で諦めたように目を逸らすと、依然として怪訝な表情を貼りつけたままであった夢姫と佐助の頭を撫でたのだった。


「ほんと、もう大丈夫。心配してくれてありがとう」


 夢姫も佐助も、頭を撫でられる事は予想しえなかったようで、人に懐かない野良猫のようにほぼ同時に肩をすくませたかと思えば息を合わせて睨む。


「子供扱いしないでよね!」

「別に心配などしておらぬ!」

「……違った?」


 そして、それぞれの形で文句をぶつけると、和輝は聞き流すようにして二人をかわしたのだった。



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