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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
8.密夫と心を合せて
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8-8


「――その後は和輝も知っての通りだよ」


 八雲は白い睫毛に守られた赤い瞳を開けると、怪訝な表情のままの和輝と視線を重ねた。


「腕輪の最後の代償は俺の“色素”、アルビノって言葉は聞いた事ある? ……後天的ではあるけど、俺もつまりはそうなったんだ。本来持っているはずの“色”を失い、俺の体は人よりも外部の刺激に弱くなった。……でも、それと引き換えに宙は……まあその後、眠り続けてしまったけども脳にダメージも無く今に至るんだ」


 ――百花の元旦那は(ソラ)を実子として認知していなかったらしい。つまり、片親の子として生まれた宙には身寄りが無くなることになる。……俺は、そんな宙を実子として届け出た。

 脳症は無かったが、いくら呼びかけても宙は泣くことも無く眠り続けていた。


 だが、幸運にも、魂だけの存在――“ソラ”に救われ、宙自身は今も眠りながら生きている。



「――どうして、俺を引き取ろうと思ったんですか」


 一階から漏れる微かな音が耳を突く静寂の中。

 ぽつりと和輝が呟いた。


「子供、嫌いなんでしょう? ……一番手のかかる頃では無かったとしても、俺だってまだ子供です」

「……」

「やはり、“身代わり”ですか?」


 相変わらず静かで淡々としたままだが、どこかで確信と寂しさを残すように言葉尻を弱め和輝は声を落とした。


「……そこまでバレてたらもう隠す事は出来ないか。そう……俺は宙を育てようと決めた頃に、生まれ育った生家を売却した」


 ――あの家は広過ぎた。手入れをする分に必要な家政婦を残す余裕くらいあったけど……百花との思い出も残る場所で戻らない時間を探すより、もっと身の丈にあった所で……残りいくらあるのか分からない時間を紡ごうと思った。


 “來葉(ライエフ)”は来世、次の世の意味だと古い書物で見たことがあった。

 生まれ変わったつもりで……なんて都合の良い事を言いたい訳でも無かったが、今世での過ちをあの大きすぎる生家に捨ててきたかったのかもしれない。


 街の喧騒から少し離れたぼろぼろの一軒家に入りきらなかった品物と赤ん坊のソラだけを抱え、俺は灯之崎家を訪ねた。


「――じゃあ、この分はうちで引き取るた。……あんたも、どういう事情があるか知らんが子の親になったなら大変かろう。頑張らんね……これ、少なかばってん」


 後から分かったが――宙は俺と同様に気管支が弱かった。

 埃は勿論、古い物特有のカビの匂いなんかでも体調を崩すかもしれないと医者に言われた事もあり、手放す事を選んだ。

 昔、百花が“好きだ”と話してくれた品だけはどうしても手放せなかったが。


 ――本家の当主、つまり俺の父親の兄弟にあたる、灯之崎の当主は深入りをせずに話しを聞いてくれた。


「ありがとうございます。……では、そろそろ失礼しま」

「あなた!! ……もう私いや! あんな“疫病神”の面倒見てらんないわ!」


 灯之崎家が代々続けている会社のオフィスの外へ出る頃、広い敷地の向こうから目を三角に吊上げた女性が駆けこんできた。

 ここまで走ってきたのか、女性の高そうなヒールの靴は泥に汚れ、ブランド物のスーツを仰ぎ風を起こしながら肩で息をする。


「客人の前た! はしたなか!」

「だってあの子、どこかに逃げちゃったのよ!? 先方も丸く収めてくれるって言ってくれた矢先に! やっぱりあの子は不幸ばかり集める!」


 当主の口ぶりからするに、奥様だろうとすぐに察した。

 奥様は元々親戚界隈でも有名だった。“我が子への寵愛(チョウアイ)が強い”と。

 だが、そんな彼女が……本来であれば愛しすぎるほどの我が子を苦虫をかみつぶしたような憎々しい表情で“疫病神”と罵っている現状に、俺はほんの少し驚いた。


 感情が高ぶったままの奥様から逃げるように会社を後にすると、俺は帰路につこうとしていた。


 ――その時だったんだ。


「誰か……!」


 小学生くらいの男の子の声が黄昏時のバス停に響き、俺のすぐ足元に生温い風が吹き抜けた。“あの日”と同じ感覚……“ま”が生まれているのだとすぐに察した。

 俺は背中に背負ったままの宙を守りたい一心で声のした方を睨んだ。


「ごめんなさい、お願いします、助けてください……!」


 ――そこにいたのが、和輝だった。


 まだ小学生だったか、和輝は酷く怯えた目で俺に救いを求めていた。

 その足元にはかつて見たことのある“黒い手”が幾重にも絡み付き、子供の力で抗う事も叶わず自由を奪われている。


 そして、和輝の小さな体越しに見えた砂利道の向こう岸には、黒い人影のようなものが。

 ……そう、それは俺にとっても初めての“鬼”との邂逅だった。


「……何、あれ……!?」

「え……お兄さん、見えるんですか……?」


 完全な漆黒と言って良いだろう。

 人の輪郭を持った“それ”は、黄昏時の夕焼けに染まる赤い道端でゆらゆらと骨を持たない生き物のように四肢を揺らしている。


 あまりに現実味のない異様な光景を前に立ちすくんでいると、そんな俺を見上げていた和輝もまた声を上げていた。


 ――生まれて初めて味わう“非現実”を前に、俺は改めて“自分が道を踏み外した人間”であるという事実を見せつけられた気がしていた。


 だが、“見える”からと言って別に救ってあげる為の力を持っている訳ではない。

 この見ず知らずの子供を助ける義理も無い……はずだった。だが――


「立てる? ……ほら」

「……!」


 ――火災の日に俺が見殺しにしたあの男の子と、和輝の姿が重なって見えた。

 あの日、俺が蹴飛ばし顔に大やけどを負ったであろう男の子……生死の行方は調べなかった。生きていたとしても死んだとしても、合わす顔も無いと思ったから。

 あの子と姿が似ていた訳ではない。だけど、その縋るような目と震えながらも相手の様子を伺う丁寧な口調は今も脳裏に焼き付いて離れないままだ。


「ありがとう、ございます……!」

「怖かったね……ほら、逃げよう」


 和輝が安心したように笑う姿を見て、俺は――

 あの時手を差し伸べていたら、未来は変わっていたのだろうかと……選ばなかった方の選択肢の向こう側を見ているような、“自分の罪が償われていく”ような……そんな感覚に陥っていった。


「――和輝さ、親元離れてみる?」

「え?」


 懐柔させる事は犬のしつけよりも遥かに容易かった。

 たまに調子いい事を言うだけで和輝はみるみる内に心を開き、自身の境遇をも語ってくれた。


「もうすぐ中学だろ? 自立出来ない年じゃないんだし、俺のとこで下宿してみたらどうかなって」

「……良いんですか!?」


 和輝が慕ってくれる。俺に全幅の信頼を寄せ、他の誰にも見せない顔で笑う。

 それが俺にとっての“贖罪”に取って代わっていった。


「いいよいいよ。そろそろ家の事手伝ってくれる人が必要だと思ってたし。宙のお弁当とか作ってくれたら助かるから。寧ろ歓迎するよ」

「嬉しいです! ……おれ、何も出来ないけど、頑張ります! 春宮さんの役に立ちたい……!」


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