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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
8.密夫と心を合せて
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8-4


 ――全ては“腕輪”がもたらしてくれた希望。


 その“腕輪”は願った事を叶えてくれた。


 例えば欲しいものが売ってあったとして、一般的にはそれを手に入れる為の方法といえば労して金銭を得て、それを購入すると言うのが道理だろう。

 だが、この腕輪に願えばその手間も必要性も無かった。


 この腕輪自体が何かを生み出す、と言うよりも“運を回す”と表現した方が正しいだろうか。

 欲しいものがあったとして、それが必要だと願えばこの腕輪の鈴が鳴る。声を持たない“腕輪”の応えだ。

 その後は歯車が勝手に回るかのようにして……例えば誰かが買ってきてくれたり、販売店が倒産して、巡りめぐって手中に収まる――と言う寸法だ。


 もちろん最初はただの偶然かと思っていた。だが何度も続くと自ずと不思議な力を受け入れたくなるもの……事実、俺の願いは物理的なものだけでなく何もかもが叶っていった。


 “体育の授業が嫌”と願えば体育に使う教材が盗難に遭ったり、授業日数稼ぎも面倒だと願ってみれば学校側の不手際で免除が通ったり。

 “友達なんて必要ない”と願えば、それまで続いていた唯一の“友達ごっこ”でさえも向こうの成績如何で没交渉になっていった。


 ……唯一の欠点は“何かが労力の代わりの代償として無くなる”と言うくらいだ。家の古美術品だったり、シャーペンだったり、歯ブラシだったり……。

 それらは俺にとって“なくてはならないもの”とまではいかないものばかりだった。


 その程度は大した代償でもなく、俺の願いが肥大していくには大して時間も掛からなかった。



 ……そう。

 腕輪の力に頼りきっていた俺は、“手に入らないものは無いんだ”と過信し始めた。


 元から物欲があった方じゃない俺が物質的な欲求を満たし尽くすまでにさほど時間は要せず、次に精神的な欲求も満たしつつあった。

 欲しいもの、やりたい事は手に入る。見たくないものは排除できる――


 そう、この時の俺は初めて愛した人さえも……百花の“心”さえも手に入れる事が出来ると思い始めていた。



―――



「――八雲君、今学校帰りなの?」


 俺が高校の三年になる頃には、百花が飼っていた“悪魔”もようやく人語のようなものを覚え、保育園に通い始めたらしい。少しだけ時間にゆとりが出来たのか、痩せこけていた百花の頬は本来の輪郭を取り戻しかけていた。


 その頃は車で送り迎えをする百花と俺の放課後、会える時間が増えていた。

 とはいえ、足元をちょろちょろと這いまわる“悪魔”が邪魔をしてくるのでゆっくりと話す事は出来なかったが。


「こんにちは。……百花さんこそ、今帰りですか?」

「そうなの。この子を迎えに来て」

「……百花さん。俺、伝えたい事があります。ちょっと良いですか」

「この子、落ち着きが無くてお店とかじゃ迷惑になるから……車の中でも大丈夫?」

「別に、どこでも」


 ――常識で考えるなら、それは“手に入らないもの”。

 だが、この腕輪さえあればどんな手を使ってても運んで来てくれると分かっていたから、気持ちを伝える事には一切の躊躇もなかった。


 もし仮に“悪魔”が邪魔してくるとしても、俺には排除するだけの力もあったのだから。


「どうしたの? 何か悩み事? 色々忙しい年頃だもんね……お姉さん高校までしか行けてないけど、力になるよ?」


 どう切り出すべきか考えあぐねていた俺の頭を、運転席の百花が撫でる。

 少しひんやりとした手の平は撫で慣れたように優しくて、心地良くって――残酷だった。


「……子供扱いしないでよ。俺もう高校卒業だし」

「え……? あ、ああごめんね。……そっか、初めて会ったときはまだ中学生だったのに」


 慌てたように手を引っ込めて照れながらはにかんだ笑顔を返す。

 それは初めて会った頃から変わらない百花の癖だった。


 ――“百花は変わっていないんだ”と安心したのも束の間。


 百花はため息を落とすと、後部座席を見つめ――俺の知らない、慈愛に満ちた微笑みを手向けていたんだ。


「子供の成長って、早いんだね。……この子もあっという間に八雲君みたいに大人になっちゃうのかな?」


 後部座席のチャイルドシートに眠る男の子を見つめ、百花は小さな声で確かにそう呟いた。

 俺の知らない顔で笑う彼女は今までで一番美しい横顔を見せる彼女を前に、言い表せない不安が頭を支配して心臓が脈打つ音がうるさく思えた。


 すぐ隣に百花がいるのに――

 手を伸ばせば届く距離に座っているはずなのに、何故か彼女が遥か遠い世界に住む人のように思えていた。

 どんどん早くなっていく鼓動が全身を打ち鳴らし頭を支配していく。

 “これ以上遠くなってしまわないように”――そう、気がついたときには両手を伸ばして百花の肩を引き寄せていた。


「え、八雲く……!」


 初めて間近で見る百花の肌は粉をふいたように乾燥していて、お世辞にも綺麗とは言い難かった。化粧で隠された頬には引っかき傷のような跡も残り、心に暗い影が落ちた。

 壊さないように痛んだ頬を包み込むと、震える彼女を引き寄せて半ば強引に唇を重ねる。

 初めてのキスは、柔らかくて、甘くて……哀しい味がした。


「百花さん、好きだ。俺、ずっとあんたが好きだった。……好きだから、あんたがそんな疲れた顔して子供の面倒見て、旦那に雑な扱いされてるの、見てられない」


 顔を離すと、百花は予想していない展開だった様子で大きな目をまん丸く見開き俺の目を見つめていた。


「だ、駄目だよ八雲君! 自分が何言ってるかわかってる? ……私は結婚してるの、子供もいる。あなたはまだ若いんだから私みたいなおばさんじゃなくて、もっと他に若い良い子が……!」


 取り留めのない言葉を支離滅裂に口走りながら、百花は俺の両肩を掴んで後ろに押し出した。

 ――いつになく強い力。それは、彼女が初めて見せた拒絶だった。


「違う、違う違う! 一時の迷いなんかじゃない! ずっと好きだった、百花さんが好きなんだ、他に興味はないし他の何もいらない! あんただけが欲しいんだ……!」


 耳を塞ぎ心を閉ざそうとする彼女が、どんどん遠ざかっていくような。今掴む腕を離したら、二度と会えない……そんな気がした。


 耳を塞ぐ彼女の手を力尽くで引き剥がすと、拒否の言葉を紡ごうとする唇を舌でこじ開け掻きまわす。

 彼女の瞳には大粒の涙が溢れ出していた。


 もういっそそれでも良いと思った。焦っていたのかもしれない。

 失ってしまうのなら、遠い場所にいってしまうのならば、せめて最後に俺を――彼女にとって“子供だった俺”との思い出を真っ黒に塗りつぶしてしまいたかった。


「だ……め、ダメ! 八雲君、だめ……!」


 百花の柔らかな体に圧し掛かると、俺の全身を包み込む甘美な感触が理性を奪う。

 抵抗のつもりで叩かれる背中の痛みすらも癖になりそうな快感に変わっていき、構わず押し倒した俺は無我夢中になって“跡”を残し続けた。


 最中、後部座席の男の子が起きて泣いていた気がする。

 “腕輪”の澄んだ音も聞こえたような気がしたが――そんな事はどうでも良かった。



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