8-2
「春宮! 一緒に帰ろう!」
「……ああ、スズキ。あんたさ、一緒に帰ってくれる女の子とかいないわけ? 暇なの?」
「俺の名前は続木!」
そんな日々の中で俺は高校に進学した。親が進めていた通りの県内有数の進学校だ。
そこまで頭が良さそうとも思えなかった同級生の続木は、努力でもしたのだろうか……同じ高校に進学し、当然の顔で俺に話しかける日々を続けていた。
まあ、対する俺は相変わらずで、進級する為に申し分のない程度の成績を保ったままであったから、この頃の俺は“背伸びも大変だろうな”くらいの冷めた感想を抱く程度であったが。
「それに! 学生の本分は勉強だから! 色恋にかまけてたら成績が落ちるから……」
「あーはいはいまたいつもの説教ね。スズキ君は御立派だねえ。凄いから少し黙ってよ」
……今思い返すと高校の頃の俺は中々に辛辣な言葉を浴びせていた気がするのだけど、続木とだけは親交のようなものが続いていた。当人のめんどくさいほどに暑苦しい性格のせいだろうけど。
「な、なんだよーその馬鹿にした言い方……そりゃさ、春宮に比べたら頭良くは無いけど、夢があるから頑張れるって言うか」
「……夢、ね」
――彼は中学の頃から変わらず、夢を持ち続けていた。
夢を叶える為に必要な資格を取得出来る大学に進学する……その為には今、この時も無為に過ごせないんだと常々暑苦しく語り、実際に見ていて分かるほどに努力していた。
……俺には彼の気持ちが理解出来なかった。
“夢”も“将来”も……もがいて、必死に手を伸ばす必要性が俺には見えなかったんだ。
「……って言うか春宮。俺はさ、春宮の事を友達と思っているんだよ。だから君ももっと色々話してくれて良いんだよ! 例えばそう、呼び方だって好きに変えてくれても良い訳だし!! ただしスズキ以外でな!」
「遠慮しとく。俺はそう言う暑苦しいの嫌い。じゃあまた明日スズキ君」
「スズキ以外!! って待ってよ一緒に帰るぞってば!!」
中学の時と変わらず、俺に話しかける奇特なやつは続木一人だけだった。
たまにやたらと色気づいた女生徒が話しかけてくることくらいはあったけど、相手にしなければ勝手に距離を置いてくれた。
高校にもなれば意地の悪い男も増えるようで、俺を良く思わない一部の人たちからは“そっちの趣味の人なんだ”と噂を流されることも多くなっていた。だけどそれも別にかまわないとさえ思っていた。
……何故なら、家に帰れば百花の笑顔が待っていたのだから。
例えどれほど努力を重ねようとも……クラスの女子程度が美しさを求めて背伸びをしていたとしても、百花の無邪気な笑顔と言う“才能”には到底及ばない。
百花は、俺の心の拠り所になっていた。
――だが、そんな日々はある時突然に終わりを告げる。
ある日を境に百花は、ぱったりと姿を見せなくなった。
最後に話した言葉なんて覚えていない。“これが最後”なんて特別な会話をかわしていないのだから。
父親も状況は同じだったようで、別れの言葉などはかわさなかったらしい。
“ビジネスなんてそんなものだろう”と気にもかけていなかったようだが、俺には納得ができなかった。
やっぱり倒産したのか、なんて冷ややかな気持ちで彼女の会社を調べてみたりもしたが――寧ろ利益は右肩上がり。
“社員急募”なんて景気の良い文言が踊るホームページをてっぺんからじっくりスライドさせても、どこにも百花の面影を見つけられず――俺は苛立ちにも似た感情を抱き始めていた。
「――なあなあ八雲、お前大学進学するんだよな? ……親御さん具合悪いんだろう、大丈夫か?」
「多分ね」
「“多分”て……のんびりしてるなー……」
「続木こそ、俺に構ってる暇あるの? あんたの偏差値じゃぎりぎりなんだろ」
「うぐ……ほ、放課後は友達と話すことで息抜きして、帰宅後の集中力を高めるの!」
「ほー」
百花に会えないまま月日が流れ、俺はまた空虚な日々を過ごしていた。
父親には癌が見つかり入院する事になったりもしたが……俺はそれすらもどうでも良いと思っていた。
それどころか――“かつての取引先が入院したんだから、見舞いに来い”と本社に電話して、百花と会う為の口実に利用できないかと本気で考えていたくらいだ。
それほどまでに俺の心は百花への“渇望”に支配されていた。
「……ん? あれ、踏切しまってるのに……危ない!」
そんなある日だ。
いつものように俺の後を歩き帰路に急いでいた続木が声を上げた。
この男はよくこうやって困っていそうな人を見つけ出しては駆け付け、助けている。
俺は別に人助けの必要性も理解できなかったから、今回も同じように見物でもしていようかと続木の姿を目で追いかけていた。
……だが、この日ばかりは特別だった。
閉まりゆく踏切に入ろうとしている女性は……会いたくてたまらなかったその人だった。
「……百花さん!」
「え? や、八雲君……?」
数年越しに再会した百花は酷く疲れた顔をしていた。
遮断機越しに掴んだ腕も細く、平均的な高校生よりも体力的に劣るはずの俺の力でも簡単に引っ張り寄せられるほどに痩せていた。
「こーら! ボク危ないだろう? 踏切がカンカンなってたら、ママの手を離しちゃ駄目だ!」
ふと、すぐ足元の方で続木の声が聞こえた。諭すような優しい口ぶりの彼に反論するかのように声とも言えない音で泣き喚く小さな子供の声も聞こえる。
やつれたとはいえども変わらずに美しいままの彼女に心奪われていた俺は“そう言えば一緒に帰っている最中だった”と思い出して掴んだままの手を離す。
すると、百花もまた我に返ったように目を見開くとしゃがみ込み、大声で泣き続ける小さな男の子を抱き上げたのだった。
「……ごめんなさい、私がこの子から目を離しちゃったから……」
「ああ、いえいえ。自分もボランティアで幼稚園とか行きますけど、これくらいの子って大変ですよね。お疲れ様です」
子供の見た目なんてどれも同じに見えてしまう。“何歳くらい”なんて判断も出来ないけど、人間の言語も通じなさそうなほど小さな男の子を抱いている百花は続木に頭を下げていた。
――目の前に広がる現実が……百花の言葉の意味が分からない訳ではない。
ただ……“理解する”という事を頭が拒んでいた。
「――えっと、八雲君のお友達かな? ……ありがとうね、助かった」
「スズキ? ……これは友達じゃないけど」
「いや待って俺、友達!! 君の友達! 続木一郎!!」
思考を停止させた頭で適当に返した相槌に続木が過剰なまでに反応し言い返す。
俺にとってはいつもの他愛も無いやりとりだったが……百花には新鮮だった様子で、疲れた笑顔を浮かべていた。




