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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
2.日当らざる故に
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2-3

 佐助は小さい頃の記憶を辿る。

 物心がついた頃には、既に母親はおらず穏健な父と二人暮らしをしていた。


 ある穏やかな春の日の夕方。父の仕事が終わるまでのわずかな時間に何気なくテレビを付けると、モニターに映し出されたのは凄惨な事故の映像であった。

 赤々と燃え落ちていく建物の映像。誰かの悲鳴、騒然とした声――


「佐助にはまだ早いよ。……ほら、アニメでも見ていなさい」


 我が子には刺激が強いと思ったのだろうか、佐助がそのニュース映像を見ていると必ず父はチャンネルを変えていた。


 それ故に当時の記憶はほとんど残っていないのだった。


「まだ俺たちは幼稚園児でしたね……商業施設の火災は」

「そ、そうそう……ボクも良く覚えてる……も、元々はその頃流行ったんだよね、その、“疫病神”の噂は……」


 美咲と男子生徒は次々と各自が見聞きした噂話で花を咲かせていく一方で、情報量が圧倒的に足りていない佐助は話について行く事が叶わず……頭上で飛び交うエキセントリックな噂を右から左に聞き流していった。


「――久世君、その顔は……マジで知らない感じでいらっしゃりますねえ? 小学校とかで、お友達とそう言う話しませんでした?」

「……そういう生産性のない(タワム)れに興味がなかっただけだ」


 “その頃から友達はいませんでした”――

 口にすれば確実に笑われるであろう。その事実を胸の奥にしまい込むと、佐助は美咲たちの猜疑の視線に背を向けたのだった。


「……んー、まあ深く追求しないでおきましょうか。久世君の名誉の為に」

「うるさい。で、その“疫病神”とやらがどうしたのだ」


 佐助の苛立った気配に気付いてはいるのだろう。美咲はわざとらしく声を弾ませ、佐助越しに男子生徒と視線を重ねる。男子生徒も先の言葉は分かっていたのだろう。

 手のひらで“どうぞ”と合図を送ると、受け取った美咲は咳払いをして声を潜めた。


「……何でも、また現れたらしいですよ? 火災跡地に――“疫病神”が」

「疫病神が?」

「ええ」

「そ、そうそう……その目撃者っていうのが、二年の先輩、で……そ、それで話題になってるんだよ、ね……」


 美咲は、どこぞの怪談タレントの真似事でもするかのように恐々と紡ぎあげる。

 そう、どこにでもありそうな季節外れの怪談話――後ろの男子生徒もそう言った面持ちで美咲と言葉をかわしていた。確かにハタから見ればそのようなものに思える与太話のようだが、佐助にとっては違ったものに思えてならなかった。


「もしや“鬼”?――」

「んー? 何か言いました?」

「……何でも無い」



―――



 ――放課後。

 “一緒に帰りましょうよ”と誘いを掛けてきた美咲をかわすと、佐助は歩きなれた商店街を早足で抜けていく。

 まだ慣れない学校指定の革靴が足に違和感を与えていたが、佐助は気にする事もなく裏路地を抜け、擦り寄ってくる野良猫を避けつつも目的地“來葉堂”の扉を開いた。


 建てつけが悪い扉は、重く錆びついた音とベルの音を同時に奏でながら佐助を店内に招き入れる。


 “來葉堂(ライヨウドウ)”は、幽霊屋敷のような外観と古風な名前からは似つかわしくないほどファンシーな内装の喫茶店だ。

 その片隅には、どういう入手ルートなのかの検討もつかない骨董(コットウ)品と思しき壺や刀剣が飾られており、それもまたアンバランスさの一因となっている。


 だが、喫茶店とは名ばかりで、この店には滅多に客が来ない。営業が成り立っているのか不安になるレベルだ。

 幽霊屋敷のような外観も、やたらと少女趣味な内装も客を遠ざける要因であろうが……一番の原因はこの店主であろう。


「あらーっ佐助ちゃんいらっしゃーい! 今日もそろそろ来る頃かなーって、ちょうどお団子拵えてたのだぞ! 今日からソラ君も新学期でね? 一人で寂しくお団子こねてたら、クララってば、うさぎさんになった気分だったのだぞ……っ」

「団子もろとも月へ帰れ」


 來葉堂に雇われている従業員・灯之崎(ヒノザキ) 蔵之介(クラノスケ)……もとい、通称“クララ”。

 褐色の肌に筋骨隆々の堂々たる肉体、野太い声……と、ここまでは“良い男”の代名詞が並ぶが――

 めでたい事でもあったのかと錯覚してしまうほどに艶やかな着物姿、ピンクに染めた髪の毛は今どき二次元でしかお目にかかれないであろう高い位置でのツインテール、そして極めつけは顔に施された時代錯誤の白塗り雅メイク……


 ――そう、初めて見た人は皆、彼(彼女)の姿を見るなり恐怖をその顔に張り付けこう叫ぶのだ。


「妖怪屋敷の妖怪だ」と――


 この“妖怪屋敷”とも、もうじき一年は経とうかという付き合いである為、佐助は最早驚く事もなく、当たり前のようにクララの放つ投げキッスを叩き落とすと、指定席と化した隅のテーブル席を陣取る。


 そして、佐助の辛辣な言葉にも慣れ切ってしまったクララも特に言い返す事もしないまま、当然のごとく準備していたお茶と、お手製のみたらし団子をテーブルに並べた。


「何だこれは」

「マリンデザインのみたらし団子だぞ!」

「まずそう」


 ごつごつとした大きな手から生み出されたとは思いたくもないほど繊細に、かつ愛らしく猫の形に仕上げられた“みたらしにゃんこ”。

 何のためらいもなくつまようじで“にゃんこ”の頭を貫くと、佐助は一口でそれを平らげた。


「……で、灯之崎は」

「クララも灯之崎だぞ」

「うるさい。“(和輝)”の方だ」

「もー! お兄ちゃんとも仲良くしよっ?」

「キモいウザい断る。そもそも弟の方とも仲良くしてなどいない!」

「毎日来る癖に……まだ帰って来てないぞ! 最近居残りでもさせられてるのかしら、遅いのよね~」

「……ふん、だらしない奴め」


 そう、來葉堂は実家を離れている和輝の下宿先でもあるのだ。

 所事情があり、こうして弟・和輝が暮らす來葉堂で兄の蔵之介(クララ)は世話も兼ねて働いているのだ。



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