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俺はガキの頃から周りに言わせれば“冷めていた”らしい。
それは俺自身でも分かっていた。齢十数年の僅かな人生で何かに情熱を注いだ記憶も無かったわけだし。
――嫌な言い方を選ぶなら、“生まれつき恵まれすぎていた”。
黒板の内容を必死に暗記せずとも、教科書を暇つぶしに読めばテストで困ることもなかったし……スポーツもルールさえ分かれば成績を落とさない程度にはこなせた。
冷めてると見られるのも仕方ない。“友情”とか“努力”や“勝利”だとか――全てが馬鹿らしかった。
「――おい、春宮、次体育だぞ? まだ着替えてないのか」
「えっとあんたはスズキ……だっけ? 俺は体調悪いから保健室行ってくるよ。先生に伝えといて」
「続木な」
続木とか言うこの馴れ馴れしい男は当時の俺の同級生だ。
入学当初こそ興味本位の奴らは俺に親しげに話しかけていたが、中学三年ほどになるともうそのほとんどが興味も失せて離れて行っていた。
“ハレモノ”のように扱われる方が心地良かったので、別にそれはありがたかったのだが……正義感がやたらと強いこの男だけは果敢に話しかけていた。
「ええー! またかよ、今月三回目だぞ!? あのさ、差し出がましい事言うけどさ……君は学業に真面目に取り組んでるかい? 先生だって嘆いていたよ、卒業に必要な出席日数稼ぐために通っているんじゃないかって。君のやる気が感じられないって」
続木の言う通り。この頃の俺は中学高校なんて平均値辺りを抑えたまま卒業さえできれば、それで良いと思っていた。
親が求める大学程度に進むだけの偏差値なら余裕で保っていたし、後は適当に学校生活をやり過ごせたら問題無い。
「うっさいな……また説教? ……あんたは何様なんだよ。あー説教聞いてたら頭痛くなった。熱があるかもー保健室行こうかな。……ってことで先生に伝えといてよ“生徒会長くん”」
「あちょっと……!」
――この頃の俺は、この世界の何もかもが平凡で、色味のない乾いた世界だったんだ。
「お帰り八雲。……今、客間にお客さんが来ているから粗相のないようにな」
母親は早くに亡くなっていて、うちは父親だけだった。
とはいえ、家政婦を数人雇う余裕くらいはあって、別に“母親のいない寂しさ”なんてものも抱いた事は無かった訳だけど。
俺は特に気にも留めていなかったが父親の方は“妻に先立たれた寂しさ”があったんだろう。心の隙間を埋めるかのように古美術品を買い集めていて、俺が物心ついた頃には至る所に仰々しく飾られていた。
古美術品の中にはそれなりに価値があるモノも多く、骨董屋のじーさんやおっさんどもが家に来ては父親や俺にまで媚を売っていたこともあり来客には慣れていた。
だけど、その日は違っていた――
「あら、御子息様ですか? ……まるで遊園地みたいなお宅ですね、見ているだけで楽しいです!」
――彼女の最初の言葉は一生忘れる事はないだろう……それが“百花”との出会いだった。
「“美術館みたい”は良く言われるけど……遊園地って発想は初めて聞いたよ、お姉さん」
「えっ……あ、ああ、そうですね。うーん確かに、美術館の方がしっくりくるかも! ……っと、ごめんなさい! 私ったら自己紹介もしないまま……! 私、箕島 百花って言います! ……名刺、名刺」
――百花は、“テイム・コーポレーション”とか言う会社の社長秘書。俺の家の古美術品の話を聞きつけ、父親と商談できないかと尋ねてきたようだった。
年齢は聞かなかった。だけど高校は卒業している様子で、少なくとも成人はしている風だ。おっとりとした印象のたれ目を長いまつ毛が包み、幼さを残した厚めの唇。
子犬のように体を弾ませてはそのふわふわとした短い髪が揺れ、はきはきと語気を強めて紡がれる声は妖精のように可憐だった。
そしてそのあどけなさとは不釣り合いなまでに成熟した体は、彼女の幼さとは裏腹に扇情的で……幼心に社長が妬ましくも思えた。
「うちの会社はね、新進気鋭の会社でね! 日本に残る古き伝統工芸……えっと、古美術品なんかを世界の国々へ発信していく、っていう温故知新の精神を体現した会社なんだよ!」
「なんか、会社案内をそのまま読み上げたみたい」
「…………ばれた? だって、他に説明のしようがなかったんだもん」
俺を子供と思ってなのか……彼女は友達と話すかのように警戒心を持たず、百花はそう無邪気に笑っていた。
「――八雲君、だね! えへへ、お姉さん覚えたよ! 高校卒業したらうちの会社おいで! 社長もあなたの事を気にいると思うの!」
「卒業までに会社がつぶれてなかったら考えときます。……大体、新進気鋭って名乗る会社は短命だったりしますし」
……それ以降、百花は何度となく家に来た。
ある時は買い付けの相談、またある時は節目の挨拶に。
「八雲君! 来たよー! 元気にしてた?」
「……まあ」
数か月、一年とそんな他愛のない会話のやりとりは続き……いつしか俺の心には“次はいつ会えるのか”と、焦がれるような感情が芽生え始めていた。
――百花に、彼女の笑顔にどんどん惹かれていった。




