7-6
「刹那っち! 和輝!! 大丈夫!? 本物? 生きてる??」
「生きてるし本人だし大丈夫だよ夢姫ちゃん!」
疲弊の激しい桔子を佐助に一旦任せ、夢姫は黒い杖を片手に三人に駆け寄る。
普段であればむしろ足手まといになっていそうな夢姫だが、今は猫の手も借りたい気持ちであったのだろう。刹那も摩耶も快く夢姫に笑みを返した――
――だが、唯一人。和輝だけは言葉を返さないまま、俯いていた。
「……和輝?」
参入することを歓迎しないとしても、文句の一言でも返って来そうなものだと構えていた夢姫であったが、その様子がおかしい事に気がつくなり駆け寄り、肩に手を触れる。
「だいじょう、ぶ……?」
だが、夢姫が軽く押しただけの力を支えきれず――和輝はそのまま意識を手放し、地に崩れ落ちてしまったのだった。
「え、ちょ、和輝!? ……どど、どしよ刹那っち! あたし……!?」
突然すぎる予想だにしない展開にすっかり気が動転した夢姫はうっかり人を手にかけてしまった犯人のように両手を降参のポーズで広げて刹那の周りを衛星のように回り始める。
無論、刹那にとっても想定外の事ではあったが、夢姫と自分自身を落ちつかせる為に言葉を紡ごうと口を開いた。
だが、それよりも先に……離れた場所から杖を振るい、波紋のような光で“鬼”を一掃させていた摩耶が取り乱す少女の名を呼んだのだった。
「水瀬 夢姫、落ちつけ! 灯之崎 和輝もまた……修羅の少女と同様に心を消耗させ過ぎて、体が追いつかなかっただけだ!」
「死んでない?」
「生きてる!」
短い言葉で紡ぐと、摩耶は再び杖をかざして光と共に地を貫くと放射線状に広がる光の輪は地を走る“ま”を誘い、共に空気に溶けていった。
だが、安心できる状況には至らなかった。それもそのはず、例え和輝が倒れようと夢姫が取り乱そうとも……人の言葉も受け付けなくなってしまっていた優菜にとっては全く関係の無い事だ。
むしろ好機であると言わんばかりに手にしたぬいぐるみの目は光り、再び無作為の光線を放とうとし始めていたのだ。
「……流石にこの状況では被害が拡大してしまう! 一旦引こう!」
人数的には依然摩耶達の方が有利ではあった。だが、道具を持たない者も多数いるこの状況ではこのまま無理を通しても被害が拡大してしまうだけだろう。そう判断した摩耶がそう声をあげると、同じ考えに辿りついた刹那は頷き地に伏した和輝を背負った。
「夢姫ちゃん、桔子ちゃんとマリンちゃんをお願い出来るかい?」
「もちろん!」
刹那の指示を受けるより少し早く夢姫は走りだしていた。
やっとのことで立ち上がった桔子に肩を貸し、それぞれの機敏な行動を見ながら、状況を察した佐助もまた立ち上がると――上体を起こしたばかりの美咲の手を引いて強引に立ちあがらせたのだった。
「……優菜が、道具に飲まれてしまった人間がああなってしまっては……俺でも、止める事は出来ません。いけにえに差しだそうってことならばそれはそれで」
「だからお前はうるさい! 誰も何も言っておらぬだろうが!」
「……」
美咲はその場を離れようとはせず、首を横に振ると顔の半分を覆い隠す前髪を空いている片方の手で弄ぶ。
一方の八雲もまた、苦しげに呼吸を繰り返す“宙”の体を抱きしめたまま、その場に座り込んだままで――双方共に、まるでここで心中でも図ろうとしているような気配さえ見え隠れしていた。
「――おいそこの木偶の坊! 貴様に仕事をくれてやる! そっちの“白い元凶”の方を運び出せ! 強引に引きずり出して構わんがチビは慎重にな!」
「は……!?」
大きなため息を吐くと、佐助の傍らで自主的に逃げる準備をしていた寛二朗を呼びとめる。
配慮の欠片も無い呼ばれ方をして戸惑う八雲を余所に、寛二朗は心地良い二つ返事をして見せた。
「いや待って、俺の事は――」
「どいつもこいつもうるさい! 復讐する側もされる側も一人で完結させようとするな!! 貴様らは既に他の者を巻き込んでおるのだから、せめて他を介さない状況で決着付けろ! 特に白元凶! 貴様は自らの子を巻き添えにするつもりか愚か者!」
「ちょっとやめてその“白妖怪”みたいな呼び方! あっちょっと離せ!!」
八雲は言い返そうと言葉を選びあぐねていた……が、元々細い彼の事――
クララに次ぐ体格の良さを誇る寛二朗を前には全ての抵抗が無力に等しく、まず片方の肩に“宙”の小さな子供の体を担ぎあげると、次に軽々と八雲の体を片手で持ち上げ、担ぎあげた格好のまま走り逃げたのだった……。
「……ほら、お主の“復讐相手”を逃がしてしまったぞ?」
肩に担ぎあげられ走り去っていく八雲の姿を見送ると、佐助は手を差し出した。
意図をくみ取った様子の美咲は一瞬目を見開くと、瞬きをする。だが、差し出された手を取ろうとはしないままにため息を落としていた。
「……意外とお人よしな久世君に免じて教えて差し上げましょうか。……俺が手を下そうとせずとも、彼はまたここにやってきますよ」
「何故分かる?」
「俺に野たれ死なれたら後味が悪いから。……そして」
「……?」
目を伏せ、どこか穏やかにも思える表情を保ったままの美咲が先の言葉を紡ごうとした矢先――
再び、獣のような咆哮が佐助の耳を打ち鳴らした。
優菜はダダをこねる子供のようにその場で足を打ち鳴らしては叫び、怒りのままに靄を……“ま”を産み落としていった。
「――君、一人で“アレ”に太刀打ちできないんでしょう? ……早く行った方が良いです。俺はここに残りますんで」
「いやそうはいかぬ。と言うかお主だって……」
屋敷内に踵を返そうとする美咲を追いかけ、佐助が足を踏み出した時だ。
佐助は足元に生温かく不快な感触を覚える。
「しまっ……」
「ほら言わんこっちゃない」
――そう、優菜が無尽蔵に産み落としている“ま”が手の形を成し、亡者のように佐助に群がり始めていたのだ。
今更摩耶を呼び戻す事も、刹那を頼る事もしたくない。
佐助が自力で振り払おうと心を決め息を吐いたその時……
「しっしっ」
呆れたようにため息を落とした美咲が佐助の足もとにしゃがみ込むと、コバエでも追い払うかのように手の平を仰ぐ。
すると、風に煽られる煙のように虫……もとい“ま”は美咲の手から滑り落ち地面に溶けていった。
「……なんか、よく分かんないんですけど、俺にはあの黒いの? 効かないんですよねえ。だからと言ってやっつけも出来ないんですけど……まあ、そう言う事で俺は大丈夫なんで早いとこ行って下さい」
美咲はあっけらかんと慣れた様子で埃を払うと、“そう言うことなんで”と強引に佐助を門外へと追い払っていく。
脳裏によぎった二文字を心の奥底に仕舞いこむと、佐助は深いため息を落としたのだった。
「そう言えば、お主も無神経の極みであったな……」




