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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
7.只最初の妙の一字許残り留て
65/287

7-5


 窓枠からその身を乗り出した美咲の姿に最初に気がついたのは、佐助だった。

 指をさし、大声を張り上げる佐助に驚いた様子で優菜も一瞬光線を放つ手を休め、その目を大きく瞬かせる。


「あの馬鹿……まさか最初からそのつもりで!」


 “美咲はソラを道連れに死のうとしている”

 即座にその意図を汲み取った佐助は優菜が気を取り直す隙をつき駆け出す。

 すぐ真上に美咲の姿を捉えた時、時を同じく美咲の凶行を止めようと動いていた夢姫の声がその耳にも届いのだった。


「バカなの!? あんた、死ぬつもり!?」

「あっはい。最初から、この世界にいる理由なんて一つだけでしたし」

「たった一つの、理由……?」

「ええ。俺の願いは唯一つ。“疫病神に死ぬこと以上の地獄を見せる”……それだけですから」


 夢姫が差しだす手を払いながら、美咲は“疫病神”を――八雲の燃えるような赤い瞳をまっすぐに見つめる。


「目の前で、大切な人を、自分の血を分けた存在を奪われるって辛いですよねえ? 歯がゆいですよねえ? ……何の罪も無い幼い命が、目の前で燃え尽きる。ああ、その気持ち分かりますよ~……俺も十年前に、貴方から教わった“憎悪”の感情ですから!」

「ちょっと……!?」


 ――夢姫が掴もうと伸ばした手をすり抜け、美咲の体はソラを連れ立ったまま三階の窓の外へと放り投げ出されていく。

 目下では佐助が見守っていた。が、相当の高さから力なく落とされる大人ほどの背丈の少年を受け止める事が叶う筈も無い。……すなわち、ただ目の前で“死”を見送るだけと相成ってしまいそうな残酷な現実が目の前にあるばかりだ。


「くそ……!」


 それでも佐助は目を逸らしてはいけないと感じ、例え無謀な事と分かってはいても手を伸ばした――その時だ。


「――佐助さん! そこ邪魔!」

「じゃ……!?」


 聞き覚えのある“大人しいはずの声”に罵倒されてしまい、佐助はたじろぐ。佐助が声の主の姿を探し睨むよりも先に――ぼろ布のように傷だらけになった少女が手にかざした鏡に光を吸い込むと、その鏡面から無数の“手”を吐きださせて落ちゆく美咲の体を包みこんだ。


 だが、夢姫との邂逅で既に力の殆どを使いはたしていたのだろう……鏡面から這い出した“手”はどれもやせ細ったまま。少年らの落下速度を緩めるのが精いっぱいのようである。


「……ちっ! 良く分からんが、死にかけボロ雑巾に邪魔扱いされとうない!」


 腕が痛む桔子が堪え切れずに(ウズクマ)るその手前、気を取り直した佐助が歯を食いしばると再び美咲達の真下に回り込み――羽のように緩やかに落ちゆく二人を受け止め、地に降ろしたのだった。




「――おい吾妻!」

(ソラ)……!!」


 ――佐助が呼びかけている間に、三階にいた八雲と夢姫、そしてマリンの姿を借りたソラも美咲達の元へと戻ってきていた。


 夢姫が桔子の元へ駆け寄る傍らで、八雲は一目散に我が子を――“(ソラ)”の体を抱き上げる。

 目の前で見るその瞳は、子を想うごく普通の父の様相であり……普段であれば畏怖の対象と受け取る佐助だが、自身の父の眼差しを思い出して息を飲んでいた。


 そして、一方の夢姫もまた倒れこんでしまった桔子の元へ駆け寄ると上体を起こさせその名を呼ぶ。

 うっすらと目を開けた桔子は視線を重ねると……“暴言吐いてみたら、意外と楽しいね”と悪戯に笑って見せたので、夢姫は胸を撫で下ろした。


「八雲さま……」

「……ソラ、どうしてこの子()から離れたんだ! ……お前が付いていないと死んでしまうのに……!」


 マリンの姿を借りたソラが桔子の姿を見守ると、その足で八雲の元へ歩み寄る。

 その四本足の気配を察するなり八雲は振り向きざまに強い憤りをぶつける、だがソラは怖じる事は無く、首を横に振るばかりであった。


「その子は、貴方が思うよりもずっと強いですよ。……八雲さまは、もう少し、彼の力を……子供の生命力を信じてあげて下さい」


 綺麗に座って見せたマリンが凛とした声でそう紡ぐ。八雲は言い返す為の材料が見当たらず、口を(ツグ)むと言葉を飲みこんだ。


「――吾妻!」


 時を同じく、佐助は傍らで伏したままの虚ろな瞳に光を宿し始めた少年の名を呼ぶ。

 呼びかける佐助の顔を一瞥し、次に自らの手を頭上に持ち上げると指先を微かに動かした。

 自らがまだ死んでいないという事実を確認をしている様子で、暫しの間口を噤んでいた美咲がようやくその状態を揺り起こし始めた頃――夢姫の肩を借りて起き上がっていた桔子もまた一団の元へ歩み寄ってきていた。


「……まずい、ちょっと皆さん、なんで俺を助けてるんですか!? ……なんであの“化け物”を放置してるんですか!?」


 ようやく我に返った様子の美咲は、目を見開くと佐助や八雲のその後方――広大な庭を震える指で示す。


 ――そう、そこは依然“ま”の気配を濃く纏ったままの少女が……まるで自我を失った化け物のような唸り声をあげる優菜の姿があったのだった。


「――耳が痛くなるね、聴く者の心をも突き破りそうなほどの咆哮だ……!」


 優菜と対峙し続けていたのは、摩耶と和輝、そして刹那の三人である。

 寛二朗はと言うと、いくら心身に異常をきたさないとはいえども光る刀を振り回す事となる和輝や、舞うように辺りを駆ける刹那にとっては邪魔になりうる状況でもあったがゆえに、現況を伝達する、と言う名目で離れた場所に残っている倉庫の陰に移動させていた。


 唸り声をあげるとともに、その手に強く握られたぬいぐるみからはとめどなく溢れる水のように“ま”が流れ、地面を覆っていく。

 地面を黒く染め上げた“ま”は生い茂る雑草を枯らしていきながらそれぞれ三人を狙うように地を走り、体を持ち上げると“鬼”となっていった。


「みんな、出てってよ! ここは、優菜のお家! あの時みたいに、遊ぼうって言って追いだそうとしても、もう騙されないんだから……!!」


 過去に悲しい思い出でもあるのか、優菜は悲痛なほどに声を震わせると、次々に“鬼”を生み出していく。

 ――無論、生み出される度に刹那達も各々の道具で打ち祓い光に返していったが、それでも少女の叫びが枯れる事は無かった。


「ねえ摩耶ちゃん、このままだと流石に不利じゃないかい!?」

「……っ、否定は、出来ぬな!」


 飛び降りた美咲を佐助達が助けに向かった時からずっと、刹那も摩耶も延々と同じ事を繰り返している。

 湧きでる“鬼”を祓っては少女に対話を持ちかけ、そしてまた鬼が湧きでる。

 誰か一人でも抜ける事が出来れば、獣のように孤独な少女の元に誰かが辿りつけたら――

 だが、作戦を練る暇も与えられないまま、目の前にいる“ま”を祓うしかできずにいたのだ。



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