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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
7.只最初の妙の一字許残り留て
64/287

7-4

 

「――今の声は、優菜ってちびっこの……?」


 同じ頃。

 堪え続けていた十年ほどの月日、その全て吐き出すように泣き続けていた桔子に胸を貸したまま、夢姫は呟く。

 階下に見下ろす庭の方向から獣のような少女の咆哮が聞こえたのだ。


 それは夢姫の聞き間違いなどではなく、ソラもまた耳をアンテナのように動かすと窓枠に飛び乗り、眼下に広がる庭を見下ろした。


「……夢姫さん! 大変です、どうも苦せんしているようです!」

「まやちゃんが!? それって相当ヤバいじゃん!」


 摩耶と言えば、夢姫にとってはいつも窮地を救ってくれる万能な存在と言う認識であった。

 それ故に、敵の――今もなお獣のように悲しく吠える獣・優菜が如何に厄介な相手なのか、と言う現実を突きつけられた気がして、夢姫は息を飲んだ。


「……ごめん、きいちゃんここで休んでて。あたし、まやちゃんを助けに行ってくる!」


 そうと分かると居ても立っても居られない夢姫は先の行動を考えるよりも先に桔子の両肩を掴むと、諭すように赤くなった目を見つめる。

 だが、本来物分かりのいいはずの桔子は首を縦には振らなかった。


「夢姫はソラ君を……この先一番奥の部屋に“体”があるから。そこに美咲さんと八雲さんがいるから助けてあげて」

「え待って、八雲さんいるの初耳なんだけど」

「言ってないっていうか私が拉致したし」

「ちょっと」


 珍しく夢姫がツッコミにも桔子は怖じる様子も無い。行く手を阻む手を払いのけると、“八雲がいる”と指示した方とは逆に歩き出す。


「ちょい待ち!? きいちゃんどこ行こうとしてんの!?」

「……私は佐助さんを助けに行ってきます。……って言うか、八雲さんの顔見たくないだけですけどね」

「き、きいちゃん……?」


 桔子は傍らに落としていた鏡を拾い上げると、ボサボサになったままの髪も、赤く染まった袖もそのままに夢姫に向き直る。泣きはらした桔子の瞳は赤くなっていた。


「優菜もまた、私と同じ。心に開いた穴を埋めるために戦ってるようなものなの。……だから、止める必要があるの……私は何も失っていない、だけどあの子には何も残っていないのだから」


 その目に迷いはもう残っておらず、“道具”もまた、心重ねるように静かにその身を委ねていた。



 ―――



「摩耶様、そこの馬鹿(寛二朗)は放置していいと考えましょう。後はあのぬいぐるみと」

「……宿主の少女、だな!」


 ひとまず寛二朗には優菜の放つ攻撃の一切が無効であると察した二人は、最早考えるまでも無く息を合わせていた。


 寛二朗の事を考えなくても良いとはいえど、状況が好転したわけでは無く……ぬいぐるみからは絶えず“ま”が溢れだし、少女の咆哮に応えるように黒い光線を乱射している。


 白い杖をかざせば、襲いかかる“ま”を払いのける事くらいは容易い。

 だが、佐助を守りながらと考えると、この強大な力を前にしては流石の摩耶であっても不利な状況であった。

 それ故に焦る気持ちを隠しながら優菜の出方を伺っていた。


 そして、それは同様に佐助の心も焦らせている。

 鍛えてきた体を駆使して自力で避ける事に努めていたが、圧倒的な“ま”の量にを前にしては摩耶に守られてしまい、歯を食いしばった。


「みんな嫌い! 優菜のお友達返して!! あああああああああああああああっ!!」


 爆発の閃光のような黒い筋が辺りを包みこみ、(それすらも無効な様子の寛二朗を放置したまま)摩耶は白い杖を振りかざして立ち向かう。

 白い光と黒い力は混ざり合うことは無く、力比べのような形でぎりぎりの均衡を保っていた。


 ――その時だ。


「佐助! 生きてる?」

「摩耶ちゃん、遅くなってごめんね……!」


 摩耶の背中を押すような柔らかな布地の感覚と、佐助を守るような鋭い刃が一瞬の眩い光となり、辺りを包みこむ。


 それぞれの道具が放つ光が一つになり、優菜を取り巻いていた黒い靄は力比べに負けたように霧散していった。


「……と、とっくに死んだものだと思っておったがな、灯之崎め! 遅いぞボンクラ! 馬鹿! クズ!」

「あーはいはい。よしよし怖かったなー心配してくれてありがとうなー」


 佐助を庇い刀を構える和輝と、自身の横で絹布を手の甲に巻き構えている刹那――

 外見上の変化は見られないままであったが、摩耶には違って見えたようで微かにその目を見開く。


「力が増している……また、心に変化が生まれたということか」



 ―――



 ――優菜の咆哮は、美咲の耳にも届いていた。


 ソラの、子供の体を抱きかかえたまま窓枠に腰かけていた美咲は目下に見える少女の暴走を片方だけの瞳で見降ろすとため息を落とす。


「……派手にやってくれますね。ご近所さんに警察でも呼ばれたらどうするんですかね……なんて、そんな今更」


 少年が身を乗り出す度にバランスを崩し、小さなソラの体は窓の外に大きくはみ出す。その都度、八雲は息を飲み、生きた心地のしないこの現状に目を逸らしたくなっていた。


 ――耐えかねた八雲が口を開き、色の悪い舌を整った歯で噛み切ろうとした時。

 締めきられていた扉が勢いよく開け放たれ、扉を背後に構えていた八雲は肝をつぶされたように声を押し殺す。


 相反するように、驚く気配も見せないままであった美咲は“待ちわびていた”と言わんばかりに微笑むと、騒々しい来客を――夢姫を出迎えた。


「……おめでとう、一番乗りですね。水瀬先輩」

「一番でも二番でもどーでもいいから! ソラぽんを返しなさい!」


 美咲はソラを抱きかかえたまま、危ういバランスを楽しむように両手を離して手を叩く。

 そんなふざけた姿を一蹴すると、夢姫は鋭く指を差したのだった。


「――夢姫ちゃん、気持ちはありがたい、だけどこれは俺の問題だ。……悪いけど帰ってくれる?」


 手のひらに意識を集め、黒い杖を生み出した夢姫が杖先を美咲に突きつけた瞬間――その出鼻をくじくように傍らの八雲はその切っ先を片手で握り制するように首を振る。


 いつもの調子のように聞こえるが、その声はいつもよりも冷たく聞こえた。

 だが、気持ちが高ぶったままの夢姫が今さらその程度の塩対応で屈しはしない。掴まれた切っ先を振り払うように床にたたきつけると、八雲の目の前に詰め寄った。


「八雲さんの問題!? 違うでしょ! ソラぽんの命がかかってる、これはソラぽんと八雲さんと、それに関わるみんなの問題!」

「いや、そう言う話じゃなくて、“疫病神”の」

「うるっさい!」


 言いかけた八雲を押しのけると、今度こそ窓枠に腰かけたまま静観していた美咲の元へと夢姫は詰め寄っていく。


 その足元には猫の姿を借りたソラもいた。


「……そんなに怖い顔して詰め寄らないでくださいよ。俺、女の子に耐性無いからドキドキしてこのまま落ちちゃうかもしれませんよ~?」

「そのジョーク面白くない! ……ソラぽんの体を落とそうったって、そうはさせないんだから」


 強い言葉と共に夢姫が睨みつけていると、まるでせせら笑うように美咲は片足を窓の外、遥か見下ろす地上に向けて振りだして見せる。

 子供とは言え、人一人分の重みを片手だけで支え始めた美咲の姿はまるで地獄へ道連れにしようとしている魔物のようだ。心が感じ取れず、夢姫は声を上げた。


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