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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
7.只最初の妙の一字許残り留て
63/287

7-3


 ――受話器の向こうの恋人に向かって大声で愛の言葉を叫ぶ少年と、木刀を振り上げ、今まさに少女に殴りかかろうとしていた少年、そしてその様子に気が付いてしまった少女……


 摩耶の目の前には目も当てられない、言い訳のしようもない惨状が広がっていた。


「……それが、お兄ちゃん達の答え? “優菜と遊ぶ”って嘘だったんだね……大人ってやっぱり嘘つき。みんなそう……みんな優菜が子供だからって、適当に嘘をついて、優菜の事馬鹿にして、騙して!! 大事なものも簡単に奪っていくんだ……!」


 佐助を見上げた少女は目前に迫っていた木刀を手で払いのけるとぬいぐるみを強く抱きしめ、瞳に浮かべた涙をその頭部の布地に吸わせる。

 ぼたぼたと落ちる涙の滴を吸い取ると、ぬいぐるみからは先ほどよりも更に禍々しく夥しい量の靄が燻し出されていく様子が見てとれた。


「佐助、一旦引こう!」

「は、はい!」


 摩耶が声を上げた瞬間、ぬいぐるみの四肢に渦巻いていた“ま”は嵐をおこすように少女の体ごと包みこみ、大きな風圧を呼び起こして佐助の体を吹き飛ばしてしまったのだった。


「――いやあ、おチビちゃんごめんごめん、ちょっと彼女から電話あっててさ~……ってあれ、チビ助なにやってんだよ」

「貴様、見て分からんか……」

「おう?」


 強風に煽られてレンガ造りの壁に背中を打ち付けた佐助が辛くも立ちあがっている最中、呑気な声と共に寛二朗は携帯を閉じてポケットにしまい込む。


 寛二朗が目を丸くして少女を見やると、そこには最早正気を失ってしまった獣のような……怒りに我を忘れきった優菜の姿があったのだった。


「うお!? おチビちゃん劇おこ!?」

「貴様のせいだろうが!」

「俺ちゃんと“タンマ”使ったべ!? チビ助が怒らせたんだろ?!」

「はあ!? 貴様流石にもう堪忍袋の緒が」

「おい、お主ら、今は争っている場合では……」


 危惧していた通りに仲間割れが始まってしまった、と頭を抱えている暇も与えられないままに摩耶は二人に呼びかける。

 だが、その猶予すらも奪い取るかのように優菜は獣の遠吠えのような叫び声を上げると再び強く風を吹き付け始めた。


 爆風のように吹きつける“ま”は真正面から追突してくる車のような衝撃波を伴ったまま――佐助の体を吹き飛ばしてしまった。


「おっとチビ助大丈夫か!」


 佐助は再び壁にその身を打ちつけられそうになっていたが、体が大きい為かびくともしていなかった寛二朗がその腕を掴み堪えた故にそれは免れた。


「……助けたつもりか」

「おう! だが礼はいらねえぜ!」

「するつもりも無い!」


 “連行される宇宙人”よろしく腕を掴みあげられていた佐助が振りほどき捨て台詞のようなものを吐くと、寛二朗は意にも介さずに歯を見せて笑う。


 “こいつと話していると疲れるだけだ”と察した佐助はため息を吐くと、吹き飛ばされた拍子に手を離れていた木刀を拾い上げ、構え直したのだった。


「やっぱり大人なんて嫌い! 優菜の大事なもの持っていこうとするもん! 返して、返して返して返して! 優菜のお友達!! 取らないでよぉ!!」


 摩耶が白い杖を体の前で一文字に構え、佐助がその傍らに駆け寄ろうとしたその時、優菜はまたも唸るような声を張り上げる。

 その瞬間、手に握られたぬいぐるみ“ライタくん”の虚ろな黒目に光が宿り――その目からはビームのようにまっすぐな黒い煙が噴き出し始め、二人を分かつ。


「摩耶様!」

「私は大丈夫だ! ……しかし、どうにかしてあの人形から少女を引き離さなければ――」


 どうにか状況を打開する方法を思案したい佐助と摩耶であったが、その思考を張り巡らせる暇も与えられないまま、優菜はビームのようなものを無尽蔵に打ち放っている。


 ――観察していた摩耶は、優菜の放っているそれは実体を伴わない光線のようである為、当たった箇所に傷を負うといった危険な代物ではなさそうであると判断した。


 だが、黒い闇に当てられた場所に生い茂っていた雑草が精気を失ったかのように萎びて弱っている様子も同時に見受けられたので、恐らくこの光線に当たってしまっては戦意喪失、果てには気力も奪われてしまうのかもしれないと察し、声を上げた。


「と、とにかく佐助! お主は猿喰の者を安全なところに……!?」


 そう、“ま”をかわす能力を持っている佐助よりも戦い慣れていないはずの寛二朗が危ういと感じたのだ。


 ……が、視線を手向けた瞬間に摩耶の声は裏返る。

 視線の先――佐助の近くに立っていた寛二朗の雄々しい胸部を、今まさに黒い光線が貫いていたのだ。


「……避けろよ!!」

「お? ……おお!!!」


 普段凛とした表情を保っている摩耶が珍しく驚きを擁していた故に佐助も驚き、視線を辿ると、考えるよりも先にその何とも不穏な状況に声を荒げた。

 仁王立ちで立っていた寛二朗が二人の声でようやく異変に気付くと、自身の体を貫く黒い光に手をかざし、佐助の方を見やる。


「おお、おおおお……おお?」

「おお?」

「……何とも無いぞ」

「は?」


 寛二朗の体を貫き続ける光線は、貫通の末にレンガ造りの壁を黒く焦がしているようなので、それが無害であるとは考えにくいはずだ。

 ……だが、現に目の前のこの男はケロッとしているばかりか光線に指先で触れてみても透かして見ても、全く影響ないようであった。


 光線の軌道上の陰からは“ま”の手達が救いを求めるように湧きあがっている様子も見えるが、寛二朗の足にまとわりつこうと這い上がっては、まるで滑り落ちるかのように勝手に落ちて消えていっているようだ。


 ――その、一切付け入る隙を与えないような堂々たる振舞いに摩耶は一つの答えを見出していた。


「……間違いない、この男は……稀にいる、“ま”の影響を一切受けない体質だ」

「摩耶様、それってもしかして」


 摩耶は息を飲み、赤い瞳を佐助に手向ける。

 そして、摩耶は付け加えた。

 多様な人間の中には、“他者の感情に揺り動かない、マイナスの影響を一切受け取らない体質の人間”がいる、と。


「流石は猿喰の末裔か」

「いや、“猿喰”がどうって言うより、感受性の欠片も無いって言うか」


 “それって、ただのバカなのでは”


 佐助はその一言をすんでのところで堪えると、飲みこみ、ため息を落とした。


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