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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
6.然る堪難き目を見て命を生きたる
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6-9


「……もしかして、違ったら申し訳ないんだけど……和輝君、君は時間稼ぎをしている?」


 もう少し熟考した上で尋ねるべきだったか――

 言葉を紡いだ後に刹那はふとそんな考えを頭に過らせたが、口にしてしまった言葉はもう消える事は無い。


 言葉を受け取った和輝は目を見開くと、何か言いかけた口を閉ざし、俯いてしまったのだった。


「だとしたら、どうして……どうして、僕に事情を話してくれないんだい? ……どうして、そんな苦しそうなのに、一人で背負いこもうとしているの?」


 答えこそ返ってこないものの、俯く和輝の表情から“あながち的外れな問いかけではなさそうだ”と刹那は察した。

 それならば、と続けざまに刹那がそう投げかけてみるが……和輝は苦しそうに頭を掻きむしり、首を何度も横に振っていた。


「うるさい! ……事情なんて、話す義理も無い、俺が――」


 和輝が声を荒げ、言いかけた時――

 遂に和輝の体力が限界を迎えたのだろう……言葉を失い、少年は赤い瞳を閉じて力なく崩れ落ちたのだった。


「和輝君!?」


 慌てて駆け寄った刹那はつい先程和輝自身から聞いた「こちらで怪我をしたらどうなるか」の悪い未来を想像しその名を呼ぶ。

 勿論返事は返ってこない。だが、落ちついて良く見ると不規則ながらも呼吸は繰り返されており、刹那はため息を吐いた。


「とにかく、ここから連れ出さないと……」


 鏡の中の誰も存在しない世界とはいえ、このまま和輝を路上に置いておくわけにはいかないと、抱えて背中に背負うと刹那は辺りを見渡す。

 相変わらずの静寂、人の姿こそないものの自分にとっては見覚えのある街の景色――ふと、刹那はここに来た時の事を思い出し顔を上げた。


「もう一度猿喰さんの家に行けば、あるいは……?」



 ――背負いあげた和輝は決して軽くはない。ましてや、意識を手放した人間なのだから殊更重みがその肩にのしかかっていた。


「ごめん下さい、猿喰さん……って言っても、居る訳が無いよね? ……では、失礼して!」


 念の為、塞がった両手のかわりに大声で扉の向こうに訴えかけてみたが、案の定返事は返ってこない。

 礼節や常識をわきまえている方と言える刹那の事、他に人が見ているような環境下であればきちんと手順を踏み、一旦和輝を地に降ろす等して扉も丁寧に開けていたであろうが――礼儀をつき通す相手もいないのだと自身に言い聞かせ、力任せに戸を蹴り破った。


 ――先程寛二朗に案内されて歩いた長い廊下は、まだ手入れが届いていた頃のままなのか軋む音も無く、差し込む光を跳ね返すほどに磨きあげられている。

 土足のまま踏み歩くほかないこの状況が、心苦しく思えた刹那は――出来るだけ室内を見ないように、視線をまっすぐに見据えたまま広間を抜け、広い庭の一番奥――“鏡”が眠っていた倉の前に辿りついたのだった。


 重厚な扉は流石に蹴り破る事が難しいと悟った刹那は諦めて和輝の体を倉の壁に預けると全体重を乗せて扉を押した。

 家屋内と同様に倉もまだ手入れが行きとどいていた頃のようで、あれほど立てつけの悪かった扉は意図も容易く開け放たれる。

 そしてカビ臭さを感じない冷えた空気が刹那を出迎えた。


 再び和輝を背負うと薄暗い倉をまっすぐに進むと――そこには鏡の代わりに、黒いワンピースに身を包んだ幼い少女の姿があった。


「……良かった、灯之崎君も生きてるわね」


 薄闇に紫がかった瞳を光らせ、少女はうっすらと笑みを浮かべる。

 刹那の半分ほどの背丈の幼い姿であったが、その声は先程まで聞いていたものと同じで……ここは“鏡の中”――自身の姉が幼い日の姿のままであった事もあり、すぐに状況を飲みこんだ。


「その声は、詠巳ちゃんだね? 随分と可愛らしい姿になっているけど、笑顔の作り方で分かる」

「そちらこそ遠回し口調が復活する程度には元気みたいね。良かったわ」


 詠巳が口角を吊上げるようにして笑みを湛えると、刹那が言い返すよりも先に手を差し出す。

 それは、子供が甘える為に手を繋ぎたがる、というよりは“導こう”とする迷いの無さのような振舞いで、刹那は思わず首を傾げた。


「……私は貴方達の“心の中”に囚われていないの。この手を取りなさい。そうすれば出られるわ」

「理屈はよく分からないけど……疑う理由も無いね。分かった」


 ――幼い少女の手を握った瞬間、刹那は重くのしかかっていた背中が軽くなっていく感覚を覚えた。

 次に自身の体も宙に浮かぶような、足元が柔らかいものに絡め取られていくような不思議な感触へと変わり……一瞬の眩い光に視界を遮られたかと思えば、途端に堅い地面にその身を投げ出され、舞い上がる埃とカビの匂いが鼻をついた。


 刹那は薄闇に目を慣らしながら周囲を見渡す。

 一見すると鏡の中と景色は変わっていないようにも思えたが、今度は元通りに鏡が立て掛けられており、その傍らには高校生の姿をした詠巳も立っている。

 尻もちをついたような格好で座り込んでいた刹那は軽くなった背中を思いだし、“和輝を置いて帰ってきたのではないか”……ふとそんな不安が脳裏を掠めて後ろを振り向く。

 だが、その心配は杞憂に終わったようで、和輝もまたその身を投げ出されたかのように地に伏していた。


「……生きてるわね」


 和輝の元へ歩み寄ると、詠巳はしゃがみ込み息をつく。

 視線を辿りながら刹那もまた二人の元へ足を向けると、小刻みに浅い呼吸を繰り返す和輝をもう一度背負いあげたのだった。


「ありがとう、詠巳ちゃん。助かったよ」

「……別に。早いとこお二人に戻ってきてもらわないと話しがこじれるから、それだけよ」



 尚も意識を手放したまま、悪夢でも見ているかのように浅い呼吸を苦しげに繰り返す和輝を背負ったまま、刹那は先を行く詠巳に追従し屋敷の一室へと戻っていく。

 その道中はとても静かで、庭からは小鳥の囀る声さえもうるさく感じるほどだった。


 ――ふと、刹那はその静寂の理由に行き当たった様子で前を歩く詠巳を呼びとめた。


「夢姫ちゃんと君の恋人の姿が無いようだけど、どこか出かけたのかい?」

「あ……そうだったわ、あの電話の時、もう逢坂さんはいなかったわね」

「あの電話?」


 自身の記憶を辿り、思い出したように詠巳が手を叩くと、刹那の方へ向き直る。

 相変わらず目を合わせる事はしないまま、困ったように目を伏せると詠巳は刹那が鏡の中へ取り込まれた後の――ソラがさらわれ、夢姫と寛二朗、佐助と摩耶がそれぞれ助けに向かった現状を言葉に紡ぎ伝えたのだった。


 詠巳が話している間に、二人は屋敷の客間に辿りついていた。

 壁にかけられたままの時計は未だ時を刻み続けている様子で、詠巳が話終わった後の静寂に秒針の音が耳につく。

 刹那は鏡の中で随分と長い時間を過ごした感覚であったのだが、実際はそんな事も無かったようで、数十分しか動いていない時計の針を怪訝な表情で眺めたのちに自身のスマートフォンでも時間を確かめていた。


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