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「――まって下さい、夢姫さん、だれか来ます……!」
階段を一気に昇りきった先、踊り場で一息ついていた夢姫を見上げ――ソラが耳をアンテナのように動かす。自分の体を床に降ろすように促すと、地に足をつけたソラは短い尻尾をふわふわに膨らませ天に向かい吊り上げた。
「誰か……って」
ソラを床に放つと同時に、腕輪を包み込み黒い杖を両手に握りしめた夢姫は真似をするように耳を澄まし低い視線を辿る。
微かに聞こえていた木材の軋む音は徐々に大きくなり……淡々とした冷たい表情を貼り付けた少女の、聞き覚えのある声が小さなソラに落とされたのだった。
「……へえ、猫って耳が良いのね?」
「桔子……!」
先日の邂逅の時に携えていた“黒い刀”の姿は無い、代わりにその手には真っ黒な手鏡が握られているだけであったが、何を隠し持っているのか分からない事に変わりは無い。その名を呼ぶと同時に夢姫は黒い杖で刺すように構える。
ソラもまた邪魔になってしまわないように配慮したのかその身を翻すと桔子に対して間を取り、いつでも飛びかかることのできるように上半身を低く伏せた。
「来ると思ってたよ。ソラ君ならどうにかしてこの場所を伝える事が出来るだろうし、夢姫の性格上……人を捜索するなんて地味な作業より、直接相手をぶん殴れるならそっちを優先させるって知ってたし。……想定よりも遅かったみたいだけど、誰か足が遅いんじゃない?」
桔子はウィットに富んだ探偵が開く推理ショーのように指を鳴らし冗談めかした笑みを浮かべる。
その視線はどう見てもデブ猫姿のマリンに向けられていたが――
“足が遅いのはそいつじゃなくて、外で足止めしてるヤツの方だわ”
夢姫は、“名探偵の推理”の不正解を言いだせないまま口をつぐんでいた。
―――
「――はっくしょん!」
「佐助、風邪でも引いたか……?」
同じ頃。
大きなくしゃみをしてしまった佐助は、“早朝の自主トレーニングで体を冷やしてしまったか”と自省をする。
その身を案じ、首を傾ける摩耶に向かって“大丈夫です”と呟き頭を下げると、佐助は目の前でそのいたいけな顔をゆがませている少女を見据えた。
「はーもう、まだ猫のいやーな臭いがする。……ムカつくのー! お兄ちゃん達優菜のストレス発散に付き合ってよ!」
能天気な声の調子とは裏腹に胸に抱いたぬいぐるみを取り巻く黒い靄は禍々しく力を増しているようである。
溢れる靄は流動体のように地面に垂れ落ち、落ちた滴は主を守る兵隊の如く優菜の周りを取り囲み、草花のようにその身を揺らめかせる手の形を成していた。
「だーれーにーしーよーかーな?」
優菜はおもちゃを選ぶ子供のように一人一人指をさしてはぬいぐるみの“ライタくん”に耳を傾け、聞こえない声を聞く。摩耶の姿は視認出来ている様子。寛二朗、佐助……そして摩耶をもカウントしながら優菜は誰か一人を選んでいるようだ。
「……あの少女の持つ人形が恐らく“ま”の根源だ。……佐助、どうにかしてあの少女から人形を引き離すことは出来るか?」
外れた音階の歌を無邪気に口ずさむ優菜を見据えたまま、摩耶が傍らの佐助に小さく問い掛ける。
――そう、摩耶は物質に触れることが出来ないが故に、物質として確かに存在している“ぬいぐるみ”には触れる事が叶わないからだ。
「……かしこまりました、では――」
“出来ない”などという言葉を持たない佐助が二つ返事で頷き、改めて目標とするぬいぐるみに視線を手向けた時――
その視界をダサいTシャツ姿の巨体が遮る。
自身の見た光景が嘘であってほしい……佐助が目をこすりもう一度少女に視線を向けると……そこには先程まで大人しく後ろにいたはずの寛二朗が立ちはだかっていたのだった。
「な!? おい木偶の坊!? 馬鹿! 下がれ!」
小柄な少女の姿を隠し切ってしまう巨体の持ち主の背中に、遠慮のない暴言を投げつけた佐助であったが、寛二朗は振り返る気配もなく仁王立ちで立ちはだかっている。
だが、怪訝に思ったのは佐助だけでは無かったようで……優菜もまた不思議そうに寛二朗を見上げると、首を傾げていた。
「おにいちゃんが遊んでくれるの?」
「おう、良いぜ! ……但し、そのお人形さんは汚れたら可哀相だから置いておこうな?」
妹を可愛がる兄のようにごく自然に頭をなでると、寛二朗は歯を見せて笑う。
大雑把な言動ながら……一応摩耶の擁した意図は汲んでいたようである。佐助は呆れたようにため息を落としたのだった。
「なにして遊ぶ?」
「おチビちゃんが得意な遊びで良いぜ!」
「んー優菜はね、かくれんぼが好きだよ!」
「じゃあ、かくれんぼにしようか!」
禍々しい程の邪気を孕んだ少女――優菜と対峙していた佐助と摩耶をよそに、寛二朗は妹を可愛がる兄のようにごく自然に頭をなでると歯を見せて笑う。
「じゃあ、優菜が鬼やっていい?」
「おう! それなら兄ちゃんたちが隠れるから、探してくれよな!」
優菜は年よりも幼い印象を残す無邪気な笑顔でそう手をあげると、寛二朗は背の低い少女に合わせて身をかがめ手の平を重ねた。




