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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
6.然る堪難き目を見て命を生きたる
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6-3


 ――涙のせいですっかり化粧が溶けてしまった顔を綺麗にするために、クララが顔を洗いに行っている間、佐助は特に意識もせずに座りなれたいつもの椅子に腰かけ、膝の上にマリンを休ませる。

 マリンは顔をあげると店内を見渡し、他に人がいない事を確認したかのように傍らに立っていた摩耶を見上げ……そして佐助をまっすぐに見つめていた。


「……ん?」


 その時だった。來葉堂の扉が勢いよく押し開けられ、入口に取り付けられたベルはけたたましくその存在を主張する。

 あまりの騒々しさに、マリンは毛を逆立て、佐助もまた跳ね上がった心音で飛び上がりそうになった衝動を堪えるように入口を睨んでいた。


「おう!! 助けに来たぜ!!」


 ――入口に仁王立ちで立っていたのは、そう、夢姫と共に一路來葉堂へと引き返していた寛二朗であったのだが……佐助にとって見知らぬ男でしかない。

 その騒々しい来客が信頼に足りると思える筈もなく、マリンをソファに降ろすと佐助は木刀を構えたのだった。


「おうお前か! お前が修羅の姉ちゃんか! そうなんだなお姫ちゃんよぉ! 俺の恋人のダチの敵はつまり俺の敵だ!」

「……はあ!? おい貴様、その目は節穴か? 何故僕が修羅の“姉ちゃん”になるのだ? どう見ても男だろうが!」

「え? だってチビっこいし違うの? あでも声は男だなあ」

「殺す」


 木刀の切っ先を見つめ、そのまま佐助の顔をまっすぐに見下ろした寛二朗が仁王立ちのまま腕を組むと、気にしていた部分を……いわゆる“地雷ワード”を踏みぬかれた佐助は激昂し詰め寄る。

 だが、摩耶はそれを制すると、言葉を紡ぐよりも先に首を横に振った。


「佐助、まあ待て……こ、この者はどうやら猿喰の末裔(マツエイ)のようだ。良く見ろ、後ろに水瀬夢姫もおろう。敵では」

「お言葉ですが私めにとっては害悪のようですから()らせてください」

「初めて私に逆らった!? あいや、待て、待て」

「まやちゃん、いいよ止めなくて……佐助ぴょんやっちゃって」

「いや待て、水瀬夢姫……って言うか待て」

「お? なんだよー違うのかあ……ってことは! お姫ちゃんの彼氏だな! そうならそう言えよな! ごめんな俺勘違いしちゃったよ!」

「殺す」

「水瀬夢姫、待て! 佐助、待て!!」


 ――人は共通の敵があると結束を深めると言う。

 普段、顔を見合わせるだけでいがみ合うほど険悪であったはずの夢姫と佐助が息を合わせ共通の敵(寛二朗)に立ち向かいかけている現実を受け止めきることが出来ず……摩耶はマリンと共に三人の周りをおろおろと回るしか出来ないのであった。



 ―――



 ――洋風な佇まいの邸宅の一室。

 既に家具や調度品も何もない。荒涼とした空間が広がるばかりの室内、光をもたらす窓辺にはうっすらと埃が積もる。


 かつては大きなカーペットが敷かれていたのか、日焼けの跡がくっきりと白黒に残っているフローリング。その板目に横たわる小さな子供の前に屈みこみ……寝顔を見つめていた美咲は、分厚い木で作られた扉を数回ノックする音に気付くと立ち上がり返事をした。


「――連れて来ましたよ」


 扉を開けたのは桔子だ。

 桔子の言葉に嘘偽りなどなく、その後ろには逆らうこともなく静かに追従してきたと見受けられる青年の姿を見つけ――彼にとって、この世で最も忌々しい相手である青年の瞳に宿る炎のような赤を睨みつけた。


「お待ちしていましたよ、春宮さん。俺の事、覚えてます?」


 美咲が足を踏み出すたびに床に積もった埃は風に乗り、光に照らされ舞い上がっている。

 床に横たえられたソラは、無防備な口でその埃を吸いこんでしまっているのだろう……時折濁った咳をしているようで、苦しげに腹部を上下させていた。


「……そんな話、後からでも良いだろう? ……その子は気管が弱いんだ、早く空気が綺麗なところに運んでやって」


 何か思う事があるのか、八雲は珍しく声を低く落としまっすぐに紅の瞳を手向ける。

 だが、まるで見当違いな発言でも聞いたかのように美咲が片側だけの瞳を大きく見開き首を傾けると……やがて緊張の糸が途切れたかのように声をあげ笑い始めたのだった。


「笑わせてくれますねえ……! “疫病神”だったはずのあんたが……“ガキが嫌いだ”と吐き捨てたあんたが、今さら父親面ですか?」


 ひとしきり笑い、ようやく昂った感情が落ちつき始めた美咲は、やや覚束ない足取りのまま後ろに横たわるソラの元へ足を運ぶと、苦しげな呼吸を繰り返すばかりの小さな上体を抱きかかえ――その不安定な姿勢のまま、開け放した窓枠に身を乗り出したのだった。


「――“空気が綺麗なところ”……窓の外なら大丈夫ですか?」


 窓の外に片足を投げ出し腰かけ、美咲は事もなげに笑う。

 怖い物などまるでないと言わんばかりの少年を前に足を竦ませ、八雲は息を飲んだ。

 ――何故ならここは屋敷の三階、いくら下が雑草に覆われているとはいえどもバランスでも崩して落下しようものなら大けがは免れない高さだからだ。


 小さな体の全体重を預かっている美咲がその両腕の力を抜くだけで、ソラの体は無抵抗に遥か見下ろす地上に吸い込まれていくだろう。


 安易に想像できる最悪の未来を胸にしまい込むと、八雲は首を横に振り、桔子の制止を振り切る。


「待ってくれ! 君達が憎いのは俺だろう? その子は……(ソラ)には罪はないはずだ!」


 八雲が声を荒げると、美咲は一瞬驚いた様子でソラを抱く手に力を込める。

 だが、すぐに我に帰ると指先に憎しみを込め、ソラの背中に爪を食い込ませたまま八雲を見上げ睨みつけた。


「……ええ、確かに。この子は関係ありませんねえ。……でも、そもそもあんたが巻き込んだ百八名も……十名の死者だって“何の罪も無いのに”殺されたり、傷つけられたりしましたよねえ?」

「それは……」


 開け放された窓からは心地良く涼しい風が流れ込んでくる。

 八雲を尻目に窓の外へ顔を向けると、強く吹き込んだ風で美咲の顔を半分覆い隠している長い前髪は舞い上がり……傍らの桔子はそれを見る事もせずにただ目を逸らしていた。


「――これは復讐なんです。大切な人を奪われた美咲さんと、“私”を殺された私の……ね」



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