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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
2.日当らざる故に
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2-1

 駅前の大通り――商店街を抜けた先に大きなカラオケ店がある。

 夜になれば飲み会帰りの会社員で賑わうのだが、昼は学生たちの時間だ。

 広々としたパーティールームの一室では、この日、始業式のみであった高校生や、大学生の若い男女が入り乱れ、楽しげな声を弾ませていた。


 男の一人が流行りのパーティソングを歌いあげれば、女子たちはアイドルを迎えるかのように黄色い声をあげる――


 ――盛り上がる室内、一人の少女は抜け出すように席を立つ。隅の方で荷物置きと化したソファに向かい、夢姫達と同じ――明陽学園指定のブレザーを羽織ると、無造作に重ねられている鞄を手に取った。


「あれ? 恵子、まさか帰るの~?」


 一年次から梗耶と同じクラスであった女生徒・川島(カワシマ) 瑞穂(ミズホ)とその親友・香月(カツキ) 香奈(カナ)はBGMに負けないよう大きな声と身振りで共通の親友・仮屋(カリヤ) 恵子(ケイコ)に声を掛ける。


 彼女たちは一年次のひょんな出来ごとから、それぞれに想い人がいる筈。だが……。

 瑞穂のビッc……恋愛においての好奇心旺盛さが由来してか、こういった集まりには積極的に参加しているようだ。


 こっそりと抜けだすつもりだったのだろう。恵子は大袈裟に肩をすくめると恐る恐る振り返る。ほっそりとした小麦色の顔にお世辞にも美しいとは言えない笑みを浮かべると、恵子は一斉に向けられた視線に困ったように頭を掻いた。


「あ、あははは~……親から“早く帰って来い”ってメッセ来ちゃってさあ」

「あ、マジ? 恵子んち厳しいもんね」

「一人で帰るの? この辺治安悪いから心配……恵子帰るなら、私も帰ろうかなあ」


 瑞穂と香奈と恵子、三人は何をするにも一緒という大の仲良しだ。だからこそ、三人の中では比較的一途な方のデb……マシュマロガールの香奈でさえもこう言った軟派な関係に身を委ねている。

 それ故、ごく自然な流れで恵子と瑞穂の二人もまた帰り支度を始めていると、一気に女性が三人も抜ける状況を良く思わなかったのか大学生の男の一人が流れ続けていた音楽を止め、慌てて立ち上がった。


「俺バイクで来てるから、送るよ! そ、その方が早く家に着くし、瑞穂ちゃんたちも安心じゃねえ?」


 “送り狼”という言葉がある。

 勉強が出来ない方の恵子でさえもそれくらいの言葉は知っていた。


 ――が、この大学生がそこそこイケメンであった事が恵子の緩い危機管理能力を鈍らせ……友情はどこへやら。二つ返事でそれを了承したのだった。




「――先輩ありがとうございます~! うち門限があって……もう高校生なのに子供扱いって言うか~」


 中型のバイクの後ろに乗り、人通りの少ない港沿いの道の潮風を切る。

 前に座る男の腰に細い腕を絡ませた恵子は、指先を風に遊ばせながらはにかんだ。


「あはは、高校生だから仕方ないよ。」

「んー……でも~瑞穂達は許されるのに~……」


 やがて、恵子を乗せたバイクは車通りの少ない通りを抜け、広大な空き地を通り抜けていく。


 ――そこは、ちょうど十一年前の火災の後、建物が取り壊された商業施設の跡地であった。

 施設跡地には幾度となく再開発の話が湧いた。

 だが、十人もの死者が出てしまったその土地で同じような商業施設を営もうなどと誰かが口にすれば、また別の誰かが“不謹慎だ”と騒ぎ立てた。

……いわゆる“(イワ)くつきの土地”のような扱いである。


 そうして、時の流れから取り残されてしまったままの跡地は、時折遺族が花を手向けに訪れる以外は粗大ごみの不法投棄や不良の集会場、若い恋人たちの肝試しスポットと相成ってしまっていたのだった。


「……先輩、怖くないんですか?」


 年に一度の法要もとっくに終わり、辺りは街灯もほとんどない薄闇と静寂が支配するのみである。

 年頃の少女らしく男の背中に身を寄せ、恵子が声を潜めると彼は動揺する様子も微塵も見せずに笑って見せた。


「全然。むしろ怪談モノとかお化け屋敷は進んで入る方だよ。恵子ちゃん、ユーレイとか信じる方なんだ~? ……大丈夫だよ、もし変なのが出てもバイクで跳ね飛ばすから」

「え~? えへへ、頼もしい~」


 余裕綽々(シャクシャク)な頼もしい男の背中に顔を寄せ、恵子は照れたように笑みを堪える。

 相変わらずあたり一帯は静寂が支配していたが、心地良いエンジン音が恵子の心をも焚きつけるようで不思議と嫌な感覚は無くなった。


 ――その直後であった。不意にエンジン音が跳ね上がるように高い音で悲鳴をあげると、突き上げるような振動と共にタイヤは回転を止める。


「きゃ! ……え、な、なに……!?」


 恵子の尤もな問いかけに応える術がなかったのか、男は路肩にバイクを移動させるとスマホの明りを灯しバイクを確かめ始めた。


「……エンストかあ? うーん、ガソリンスタンドまで運ぶしかないかな……」

「そ、そうなの? ……ウチが後ろに乗ったから、重くてパンクしたのかと……」

「はは、恵子ちゃん細いじゃん、それはない……って」

「……え?」


 振り向いた男の顔から笑顔が消え失せ、薄闇にあってもその顔色が優れない事に恵子は気付き、首を傾げる。


「せ、先輩……ウチの後ろ、何か……?」


 顔をこわばらせ、微かに足を震わせる男の視線を辿り、恵子は恐々と振り返る。

 男の視線は、ちょうど火災があった現場の跡地に向かっているようだ。

 視力が良い恵子が、目を凝らし薄闇のかなたを見つめると――

 ――そこには火事の黒煙でも(マト)ったかのように不気味に(ウゴメ)く“(モヤ)”に包まれた人のようなものが見えたのだった。


「あ、ああああ……でで、出た……!」


 先程までの頼もしさはすっかり影を潜め、男は尻もちをつき声を震わせている。

 恵子もまた、“見てはいけないもの”を見てしまった事実に気付くと全身の血が心臓に集まっていく、気持ち悪い鼓動を胸に押し殺し息をのんでいた。


「せ、先輩大丈夫ですか!?」

「だい、大丈夫な訳ねーだろ! くそ、どけよブス! ……俺は死にたくない!」

「あ、待って!」


 男はおぼつかない足を無理やりに引きずると、恵子を突き飛ばし走りだしていた。


 腰が抜けたように何度もよろめき、(ツマヅ)きながら逃げ去る男の背中を恵子は呆然と眺め、一瞬でもカッコイイと思ってしまった自分が情けないと唇をかみしめた。


 恵子が男の醜い姿を傍観している傍ら――“靄”はゆっくりと歩き、こちらに歩み寄っていたようだ。我に帰った恵子が振り向く。……見間違いでもなく、“それ”は確かに存在していた。


「……っ」


 見えない“手”にでも掴まれているかのように足の自由は奪われ、声も出せない。


「……っ!!」


 触れてしまえるほど近くにいる筈なのに、顔も、肌も――湧きあがり続ける煙のような漆黒に包まれて見えないままだ。

 恵子はそれまで味わったことのない恐怖と、厳しくも守ってくれていた両親へ顔向けできないという後悔の念で美しくない顔を酷く歪ませ、精一杯の抵抗のつもりか、首を何度も横に振っていた。


 だが、そんな悲壮な抵抗も無力で、“靄”はそっとその身を屈めると、黒煙が立ち上り続ける腕部分を差し出し、手を添えるように恵子の顔を包み込んだ。

 氷のように冷え切った感触を最後に、徐々に恵子の意識は遠のいていった。

 炎に包まれているかのように、視界を遮る“靄”の中――


 ――“ごめんなさい、あなたじゃないね”


 薄れていく記憶の中、恵子はどこかで聞いた事のある声が聞こえた気がしたのだった。


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