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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
6.然る堪難き目を見て命を生きたる
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6-1

「――春宮さんって、日差しに弱いんでしたよねえ? ……もうちょっと歩きますけど、私の許可なく死んだりしないでくださいね」


 日傘の陰に隠れた赤い瞳を覗き込むと、少女は冗談めかした笑顔を手向ける。軽い調子で笑う少女、青年はその炎のような色とは対照的に冷たい視線を返すばかりであった。


 鼻歌交じりで上機嫌な少女は郊外のさびれた通りを抜け、勾配のきつい坂道を上がっていく。

 ――体力が無い八雲にとって、足を休めて座り込んでしまいたい自分との戦いともなっていた。だが少女が気遣いを見せるはずもない。


「あんまりのんびりしないでくださいね? ……はぐれたら、独断でお子さんを葬るだけですよ」


 前を歩く少女は振り返らないまま、呟くように言葉を紡ぐと先程までよりも早足で坂を登り始めたのだった。


「一つ聞いても良い?」

「ああ、もうすぐ着きますよ」

「そうじゃなくって」


 八雲が呼びとめると、少女は気だるげに振り返る。

 “あくまで会話したくない”と言う気持ちの表れなのだろう。質問を受け付けるよりも先に推理を組み立てた少女がそう答える。だが、八雲は首を横に振った。

 ……引き()りそうな予感がし始めた足を庇い、休む時間を確保する狙いもあったが……それよりも気になっていた事があったのだ。


 推理が外れたためか、少女は眉間にしわを寄せて腕を組み、全身で不機嫌を表現する。少女の機嫌を伺うつもりのない八雲は、強張る足先を目立たぬようにゆっくりと伸ばしながら口を開いていた。


「……和輝は、今どこにいるの」


 八雲の思惑の通りに、少女は不審に感じる事も無かった様子で足を止める。その問い掛けに、言葉を選ぶように首を傾げ……僅かな沈黙の後、少女は口元に笑みを携えた。


「和輝さんは私の“心”の中にいますよ」


 少女は片手に提げていた鞄から真っ黒な鏡を取り出すと、大事なものを守るように胸に抱く。

 表面的に捉えるとすれば、それは抽象的で詩的な言葉を並べたようにも見える。だが、鏡からわずかににじみ出る黒い(モヤ)を見つめ、何かを悟ったかのように八雲はその綺麗な顔に苦笑を浮かべたのだった。


「……だから君は自我を保てているのか」



―――



「――和輝君、待って……! 僕は君と戦う理由なんてないよ!」


 夢姫が寛二朗と共に來葉堂へ引き返し、佐助が摩耶と共に動物病院を目指し走っていたその頃。

 ――人の気配も、物音すら届かない静かな世界。その中心では刹那の前に和輝が立ちはだかっていた。

 和輝が迷いのない切っ先で弧を描くと、刹那はしなやかな細身をのけぞらせてかわす。

 双方の手中には光を(マト)った各々の道具……だが、躊躇(チュウチョ)なく刀を振り抜く和輝とは違い、刹那は戸惑いを隠せないまま絹布を握り締めたままであった。


「理由? ……ああ、じゃあこうしますか。“お互い、守るべきモノの為に、譲れないモノの為に”……とか!」


 少年は赤に染まった瞳を見開き茶化すと、刀を持たぬ反対の手を広げ指を鳴らす。

 すると、それを合図にしたように和輝の背後にはそそり立つような黒い壁が生まれ、それは円を描くように陣地を広げ――瞬く間に刹那の退却路までも埋めてしまったのだった。


「あ……って言うか、すみませんね。“チャンバラごっこ”とか言いながら逢坂さんは武器が無かったですね」


 ふと、思い出したような軽い言葉と共に手を叩くと、和輝は積み上げたばかりの壁に手をかざす。すると今度はそれに応えるように壁の一部が盛り上がり始め、剣の柄のような形を成した。


「……逢坂さんなら使いこなせるでしょ、“これ”」


 壁に突きささるような格好になった柄に手を掛けると、和輝はそれを片手で引き抜き――黒い剣のような得物を刹那の足元に投げだした。


「守りたいもの、か……格好良く決めてもらったところに水を差すようで心苦しいんだけど、あいにく僕には君のように強い心は無いよ。話を聞かせてよ。君は何を守ろうとしているんだい? 必要ならば僕も協力す」

「ごちゃごちゃうるっさいなあ! ……戦う気が無いんだったら、話しは簡単ですよ。一方的な暴力であんたをこの世界から追い返すだけなんで!」


 言葉を選びながら紡いでいた刹那を遮ると、和輝は片手に構えていた光の刃をまっすぐ縦に振りおろす。

 咄嗟に後ろに引きさがった刹那であったが、すぐ真後ろには先程積み上げられた壁が確かな存在感を背中に跳ね返し……逃げ場のない刹那の喉元に刃を突きつける。和輝は表情を変えないままその距離を詰めた。


「……ねえ和輝君、一つ教えてもらっても良いかな? こっちで怪我したら、どうなるの」

「さあね。鏡の中は“心の中”……心に傷を負ったら外ではただの器。“廃人”になるんじゃないですか?」

「そう……」


 ちりちりと光に焼かれるような感覚が喉を焦がす中、刹那は言葉を選ぶ事も忘れ問い掛ける。

 和輝は至って冷静なままだ。脅かすような素振りもなくただ客観的に答える目の前の少年に刹那は微かな笑みを返すと、刀を握る手首を掴みあげ、隙の出来た和輝の脇腹にひざ蹴りを食らわせたのだった。


「だとしたら前言撤回させてもらうよ……! 僕は、まだやる事がある!」


 筋肉の柔らかいところを狙い撃ちされた格好の和輝は、その痛みを堪えるように脇腹を片手で庇いながら辛うじて姿勢を立てなおす。

 だが、決して憎しみを抱いたような表情では無いばかりか、むしろどこか楽しそうですらある面持ちであった。


「その気になってくれたなら俺はそれで良い!」


 赤い瞳を細めると、和輝は光を纏う切っ先を地面に向かい振り払い口元に笑みを湛える。

 円状の密室の中、対峙する刹那は握り締めた絹布を解くと、細長い布地を風に預けた。


「折角だけど、君のくれた武器はいらないよ。……僕には使い慣れたこっち(絹布)の方が良い」


 風に柔らかくその身をそよがせていた絹布に指を這わせると、触れた箇所がみるみる硬化し、やがてそれは大柄な剣の形を成す。


「別に何でも良いですよ。……逢坂さんって手ごわそうだからお手柔らかにお願いしますね」

「……不利なのは、刃物を使いなれない僕の方だよ和輝君……こっちこそ、お手柔らかにね……!」


 両手で構える刹那の指先は、微かな震えを残していた。



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