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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
5.死入て動かざりけるを
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5-7


 ――摩耶が全て話し終わり、深く息をついていた頃、家屋の方から漏れていたテレビの音はもう聞こえなくなっていた。


「摩耶様……貴方は」


 心のどこかで何かが詰まっているかのように、佐助はやっとのことで言葉を吐き出す。

 だが、また先の言葉を紡ぎだす事が出来なかったようで、息を飲むと視線を地面に落した。


「……“四聖(シショウ)”と“地獄”は表裏一体。どちらかが力増した時、もう片方も強い力を持つことが出来る。……そう、そしてその後……地獄に魅入られし少年が、“疫病神”となった彼が自我を取り戻したと同時に……私もまた、ただの“道具”に戻るはずだったのだが、どうも完全に消える事は出来なかったようだ。……それゆえお主のように“道具”に選ばれた者にしか、私は見えない」

「……はい」

「……本当は、その事も早くに伝えておくべきであった。私の事も、私が存在する理由も――」


 言いかけた摩耶は、先程まで俯いたままであった佐助からの視線に気づき言葉を飲みこんだ。

 その眼差しに迷いや恐れ、戸惑いはもうない。直向きで、だが今まで程の盲信さも感じられない視線をまっすぐに受け止めると摩耶は佐助の言葉を待った。


「たとえ、摩耶様が“道具”であっても……私は道具としてではなく、“摩耶様”を、貴女の凛とした心を慕っております。その気持ちは変わりません。だから、謝らないでください」

「佐助……私は――」


 木々を揺らす風の音だけが辺りを包みこむ心地良い静寂の中、声を紡ぎかけた摩耶は何者かの気配に気づき赤い瞳を地に伏せる。不思議そうに首を傾げる佐助の足もとには、すらりとした野良猫が喉を鳴らしたのだった。


「うわ!? ……って、猫?」


 生き物特有の温かく柔らかい感触に声をあげた佐助が摩耶の視線を辿ると、野良猫は口にくわえていた紙切れのようなものを落とす。

 その行動に意思を感じた佐助は摩耶の代わりに拾い上げてみせる。

 ぐしゃぐしゃに丸められたその紙切れは、広げてみると意外としっかりとした紙質であり、書いてある文言から近くにある動物病院の領収証であることが分かった。


「……佐助! 裏にも何か書いてあるぞ」


 表に記載された、そこそこお高い額の数字を眺めていた佐助の真正面に立っていた摩耶が声をあげる。

 素直に従い、裏面を広げ直した佐助の目に飛び込んできたものは――ボールペンで走り書きされたような単語の羅列(ラレツ)であった。


「“ここに、急いで来て、後で説明……ソラ”……どういう事だ?」


 ソラの事は勿論知っている佐助であったが、走り書きの意図が分からず首をひねる。

 その足元で野良猫は、まるで“成功報酬を求める運び屋”のように喉を鳴らし伸びやかな声を発していた。


「文中の“ここ”と言うのは恐らく領収証の発行元の病院であろうな。……動物病院と言う事なのだから人間ではなく來葉堂の飼い猫に何かあったのやもしれぬ」

「……あのデブ猫か。あの“鬼”どもが動いた可能性もありますね、一度様子を――」


 摩耶の言葉にうなずいていると、その足元にすり寄っていた野良猫は徐にその身を(ヒルガエ)しゆっくりと歩いて行く。

 それと同時に壮年男性の呑気な声が境内の静寂を打ち壊したのだった。


「なんか聞こえるなぁって思ったら……佐助くん、猫のお友達もいたんだね~! こんにちは、猫さん。佐助くんがお世話になってます……ああそうだ、お母さんがお味噌汁作ったからいりこがまだあるかも……ちょっと待っててね!」


 息子の友達(仮)に緊張感の欠片も無い挨拶を交わすと、佐助の父はまだ職務の準備を終えていないのだろう……ラフなジャージ姿のまま家屋へ向かっていく。

 相変わらず、佐助の父は摩耶の姿が見えていない様子のまま、横を素通りしていった。

 その横顔をしばらく目で追うと、摩耶はそのまま佐助に向き直り微笑んだ。


「いいですか、別に私は……私めが、信じるのはあくまで摩耶様です。……その、だから“摩耶様が仰るから”ですからね」


 語尾を濁しながらに言葉を紡ぐ佐助の背中を押すと、摩耶は軽く受け流し一笑に伏す。

 温かい追い風のようなふわりとした感触に押された佐助は声を裏返しながら、野良猫も逃げ出しそうな大声をあげたのだった。


「おい! ……ちょっと僕は出かけてくる、から……母さんにも、そう伝えておいてくれ。……と、父さん」


 言い慣れない言葉を紡いだ恥ずかしさからか、すっかり冷えたはずの体はまたも熱を発し背中には汗が伝った。


「ええ~またいつもの“來葉堂”って所に行くのかい? って……んん!? さし、さ、佐助くん、いまパパって呼んだ!?」

「違う! き、気のせいだ! ん? いや待て……パパとは呼んでないぞ、僕は“父さん”って」

「おとうさん! そう、父さん……」

「あああ!! うるさい黙れ! 違う違う!」


 父の視線が自分にぶつかるよりも先に、佐助は動物病院へと一路走りだしたのだった。



―――



「――ちょっと優菜!? 何やってるんですか……!」


 朽ち果てた邸宅の一室であどけない声を弾ませながら優菜はガラス片を片手に足元に横たえられたソラの頬をつつく。

 長く清掃されていない様子の床にはうっすらと埃がつもり、横たえられた小さな体を美咲が抱えあげると、舞い上がる埃を吸い込んだソラは乾いた咳と共に呼吸を早めた。


「えええ? 何で取り上げるの~? 殺すんじゃなかったの?」

「まだですよ、優菜。この子にはまだお仕事があるんですから」


 美咲が言い聞かせるかのようにゆっくりと紡ぐその傍ら。

 おもちゃを取り上げられ、不満を露わにする子供のように頬を膨らませた優菜は手に握っていたガラス片を窓の外に投げ捨てた。


「優菜、そう癇癪(カンシャク)を起さないで。……風見さんがもうすぐこの子のお父さんを連れてくる手筈になっています。……その後はあなたのお仕事ですから」

「ほんと!? 殺して良いの?」

「ええ。“ライタくん”の望むままに、この子を、そして父親を絶望に落しちゃって下さい。この子が死んでしまったら、その後は父親も好きにしていいですし」

「やったー!」


 ふて腐れた表情は一瞬で消え去り、少女は無垢な笑顔で片手のぬいぐるみに頬を寄せる。

 弾けるような少女の声に耳を傾けながら、美咲は前髪に隠れていない片方の瞳を細めたのだった。


「――あの日の俺と同じ気持ちを、同じだけの絶望をお返ししましょう」



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