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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
5.死入て動かざりけるを
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5-5


「――火災の事は分かりました。ですが……その事と私めと、どのような因果があるんですか?」


 話の合間――言葉が途切れ一瞬の沈黙が生まれた頃、佐助はおずおずと切り出した。

 摩耶が語る“その日”の出来事を聞いても尚、全く心当たりがないのだ。


 火災事故で家族を亡くした遺族でもある同級生――吾妻美咲の話を聞いていた時もそうであったが、周りの話は理解できていても、それが自分の事とは思えない。

 温度差にも似た心の突っ掛かりを見抜いていたのだろうか、摩耶はふっと息をつくと更に言葉を紡いでいた。


「佐助、お主が覚えていないのは無理もない話だ。あの日以前の記憶は私がもらったのだから」

「記憶をもらう……?」

「ああ。……お主の心に刻んでおくべきではない記憶だ」


 ――あの日、まだ小学校にも上がっていない頃の幼い佐助は生みの母とあの商業施設に行っていた。

 だが、親子水入らずではない……その傍らにはお主の父親ではない若い男が一緒だった。


 その日が()()()では無かったのだろう、母は慣れた様子で佐助を衣料品売り場の奥にあるキッズスペースに置くと、佐助が知らないその男と腕を絡めその場を後にしようとしていた。



―――



 非常ベルが騒ぎ立てる館内、レジの向こう側の通路には逃げ惑う人々で溢れていたが、その誰もが和輝や少年には目もくれず一目散に一階の出口を目指していく。


 雑踏の中、若い男女の言い争う声が耳に届き、少年は気だるげにため息を落とすと視線をその二人に手向けた。


「――おいおい、春美!? 何してんだよ置いてくぞ! ……ああクソ! こんなとこバレたらこっちは社会的に死ぬっつの」

「ちょっと待ちなさいよ! ……足が!」

「知らねえよ!」


 女はどこかで足でもぶつけたのだろうか、片足を引きずるようにして男の背中に縋りつく。

 だが、男にはまるで余裕もなくそれを引き離すと、雑踏にまぎれ一階へと降りて行った。


「待ちなさいよ! ちょっと……」

「ママ、待って! やだよ、怖いよ……僕を置いていかないで!」


 足を引きずりながら避難しようとしていた女性を、幼い男の子の声が呼びとめる。

 鬱陶しそうな気だるい表情で振り返る女性の視線を辿ると、和輝もまたすぐ傍らで立ち止まった幼子の姿を見つめたのだった。


「……佐助?」


 切れ長な目をした比較的整った顔つきの少年は今の自分よりも幾分か幼くあどけない姿であったものの、確かな面影を感じ和輝は呟く。

 佐助が今よりもずっと無垢な瞳を傾けるこの女性は――以前佐助の父から聞いたことのある“小さい頃に亡くなった本当の母親”なのかもしれない。

 和輝は誰かの記憶を追体験しているような不思議な夢の感覚に頬を抓まされながら親子の顔を見比べていた。


「泣くんじゃないよウザい! ……はあ、もう子供なんて作るんじゃなかった。佐助、あんたがいると自分の時間無くなるのよね。どんどん女じゃ無くなってくっていうか」

「ママ……?」


 姿形はまるで違う。

 だが、和輝にとってその見下すような冷たい眼差しと振り上げられた細い腕は――自身の記憶と重なってしまうもので、胸の奥が締め付けられるような光景であった。


「やめ……っ!」


 和輝が目を逸らした瞬間、肌を打ちつける高い音がその耳を劈いた。

 シャットアウトした視界の代わりに、和輝の耳は子供の泣く声とヒールの放つ特有の足音で今起こった出来事を生々しく伝える。


「あたしはあんた(佐助)と二人で買い物に来た。そこで不幸にもあんたが迷子になって“巻き込まれた”それで良いじゃん……もう懲りたわ、子供なんていらないしあのボンクラとも別れるわ。じゃあね」


 女性が足を引きずりながらその場を去ろうとすると、母を追い少年もまたその身を起こした。

 ――だが、無情にもその覚束ない足元にも“ま”は絡みつき……片足を引かれた形になった佐助は熱を帯びた床板で膝をぶつけてしまったのだった。


「待って! ママ……ごめんなさい、良い子になるから、お父さんが悪いなら僕がお母さんの味方になって、やっつけるから!」


 無我夢中で叫び、母を追おうとしていた少年は足もとに絡みつく“黒い手”達に気付いてしまったようで、恐怖に慄き悲鳴をあげる。


「ママ……捨てないで……嫌だ、何か来るの、連れていかれる……来ないでよ……! ママ……誰か、助けて……!」


 それはまるで死に誘われる者の断末魔のようで――目の前にいるのに手を差し出す事すら叶わない和輝は歯を食いしばり、小さな体を“ま”に委ねかけていた。


 ――その時、閃光が視界を走り抜け、和輝はその眩さに目をつぶる。

 炎の放つ熱気とは明らかに違う陽だまりのような暖かさが辺りを包みこみ、傷が癒えていくように、体が軽くなる感覚が和輝を取り巻いた。


 光に目が慣れ始めた頃、和輝は光の中心に人の姿を捉えた。

 それは、自分が良く見知るのと寸分も違わない――日本人形のようにまっすぐ切りそろえられたおかっぱの白い髪に鮮やかな赤い瞳をした雪のように儚く淡い雰囲気をまとった少女……摩耶の姿だ。


 少女の真っ白な腕の中にはぐったりと小さな体を預ける佐助の姿も見える。

 恐らく摩耶が“まの手”から彼を救いだしたのだろう、と和輝はすぐに合点し、息を飲んだ。


「……ようやく、逢えた。私の“宿主”よ」


 優しく瞳を伏せると、小さな呼吸を繰り返す少年の体を抱きしめる。幼い少年は既に意識を手放していたようで、ぐったりとその小さな体を摩耶に預けていた。


「可哀相に……あれがお主の母か……なれば、お主は、私が守る――」


 今まで見た事も無いような怒りを滲ませ、女性が逃げた方向を見据えると摩耶はまたもその身を光に包みこませ……和輝が再び瞳を開いた頃にはもう、二人の姿はどこにもなかった。


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