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「――やはり、ここに来ましたかあ」
――ところ変わって、ここは民営の共同墓地の一角。勾配のなだらかな斜面に沿って並ぶのは一面の灰色。
……墓石と墓石の間から吹き抜ける風に乗って運ばれたのは、どこか楽しそうに声を弾ませた少女の声であった。
「そう言えば、去年の今頃……私と夢姫ちゃんが初めて來葉堂に行った日も外出してましたよねえ? 引きニートなのにどこに行ってたのかなあって、今になって分かりましたよ~? お墓参りとは案外健気なんですねえ~今日が命日なんですか?」
眼鏡のつるを指先で押し上げると、少女はまるで犯人を問い詰める名探偵のようにゆっくりと歩み寄る。
少女が細い通路をふさぐ形で対峙すると、その行く手を阻まれた白髪の青年は日傘が生み出す日蔭の中、炎のように赤い瞳を訝しげに細めた。
「……違うよ。ただの気まぐれ。こう見えて墓参りが趣味でさ」
「へえ、面白い趣味ですね~。私はてっきり、“愛した女房の命日に、年ごとに成長していく自分たちの子供の話をしに来ている”のだとばかり」
「小説かドラマにありそうな綺麗な話だね。だけど生憎、そんな綺麗な話には出来ないね」
「あら」
「俺は結婚してないし、今日ここに来たのは女房でも何でもない、赤の他人の墓参り。別に命日でもない。……君は探偵より小説家でも目指した方が良いんじゃない? ストーキングは趣味に留めてさ」
「あら、それは趣味じゃなくて“悪い癖”のようなものですよ~」
英国帰りの紳士のように人差し指を立てて言葉を紡ぐ少女に微笑みの一つも返さないままに青年――八雲は小さく息をついた。
「……俺を殺すつもりなんだろう? 良いよ。挨拶は済んだ。元からその覚悟はしていたから」
やや自虐的にも思える軽い言葉を繋ぐ青年をまっすぐに見据えたまま、少女は不思議そうに首を傾ける。
「クララさんといい……來葉堂のみなさんって死にたがりが多いんですねえ? 早合点しないでくださいよ。貴方には生きて頂かないと困るんです。貴方には、“死ぬよりも辛い事”を味わってもらう必要があるんですから」
少女が俯くと、重力に逆らえずに眼鏡が目元から離れ始める。
煩わしそうに眼鏡を外すと、少女は吹き抜ける風におさげの三つ編みを預け、冷たく微笑んだ。
「ソラ君、ほんと物分かり良いですよねえ? お母さん似ですかね。あ、でもお顔は貴方に似てますよね」
「……まさか」
わざとらしく声を弾ませた少女を八雲が真正面から睨む。
だが、少女は怯む気配も一切見せないままに首を傾げ、そして何かに気付いたように手を打っていた。
「あら、貴方物分かり良いんですねえ。てことはお父さん似なんですね、ソラ君って」
「そんな事はどうでも良い。……ソラに何をした? 返答によっては」
「あはは、怖い怖い……嫌ですねえそんな顔しないでくださいよ。昔のトラウマが蘇って泣いてしまいそうです」
「……っ」
自身を労わるように、守るようにして腕を組み自分の体を抱きしめた少女が身震いさせる。
口汚い言葉を吐きだしかけていた八雲が咄嗟に口を抑えると、少女は俯いたままで無邪気な笑い声を洩らした。
「分かりますよ? 貴方は自分よりか弱い存在にならば手をあげる事も厭わない人間だ」
「……」
「愛した女以外ならば例え誰であろうとも関係ないがゆえに、貴方にとって今の私はただの障害物、ですよねえ? 今、口を閉ざしたのは自己保身のつもりですか? あーおかしい……笑っちゃいます。今さら良い人ぶったところで罪は消えないのに」
「……それは」
「ああ、きっと今頃和輝さんも気付いちゃったんだろうなあ、可哀相。ずっとうわべだけの優しさに騙されたんだって知ったら、きっと貴方を軽蔑するでしょうねえ?」
吹き抜ける風にその身を預ける花のように体を揺らめかせ、少女は顔をあげた。
目の前にある、美しく整った顔を見つめ、口元だけに笑みを作って見せると、少女は八雲の持つ日傘の柄を掴んだのだった。
「……何が目的? 俺にはもう、何かを返す事は出来ないよ」
「目的? あはは、勘違いしないでください。私たちにとって貴方から得るものなんて何もありません。だって、私たちは貴方に奪われたんじゃなくって、壊されたんですから……“未来”と“希望”をね」
「……そう、だね」
「だから、私たちも“壊し返す”だけなんですよ。ねえ、八雲さん……いや」
「――“火災現場の疫病神”さん?」




