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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
5.死入て動かざりけるを
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5-1

 ――時をさかのぼる事、数時間。

 夢姫達が摩耶の進言を頼りに古都を目指そうとしていた頃と時を同じく――意識を取り戻した和輝は、眩しい朝日に目をこすり体を揺り起こす。

 直前までの記憶を失ってはおらず、辺りを見渡し“少女”を探すが……周囲にそれらしい姿は見えないようだ。


 昨夜、自分は火災現場跡地にいた。そこで“少女”と会い、そして意識が途絶えた。

 ――それは夢などではなく、確たる現実のはずだった。だが、今和輝が立っている場所は商店街のように店舗が並ぶ一画である。

 “むしろ今こそが夢の中なのか”と大凡現実的では無い結論で無理やりに解決させると、和輝は状況を整理し始めた。


 辺りは恐らく商店街なのであろう。自分が慣れ親しんでいる來葉堂がある風景ではないものの似たようなアーケードが高い空を覆い隠し、古びた店舗が規則正しく並んで見えていた。

 ……そこまでは理解に容易いのだが、決定的に不自然な点がある。


 商店街であるにもかかわらず、人の気配が一切感じられないのだ。


 店舗の扉は固く閉ざされ、通りには行き交う人の声も聞こえない。車の音も何もない、水を打つ静寂があたりを支配していた。


「やけに扉が大きい気がする……誰かいません……か?」


 少し歩いてみた和輝は、目にとまった和菓子屋の扉を叩く。

 鍵がかかっているのだろうか? 固く閉ざされた扉の向こうにはやはり人の気配はなかったが――ガラス戸に映った自分の姿に驚き、和輝は思わず叫び声をあげたのだった。


 そこに映っていたのは、よく見なれた自分の顔。

 だが、それは今の“高校生の自分”ではなくそれより十年は昔であろうか――まだ実家にいた頃の、幼い顔をした自分がそこにいたのだった。


「……やっぱり夢だ」


 現実的に考えても、“目が覚めたら子供になっていた”などと言う状況はどこぞの科学者が開発した(アポト○シン)の特殊な副作用でも起こらない限りあり得る話じゃない。

 ――明析夢と言うものがある。

 つまり、夢の中だと理解した上で行動できる状況下にあるのだと言う解釈に至った和輝は混乱する頭に空気を送るように深呼吸をすると最後に大きく息を吐き、また辺りを見渡し始めた。


「夢の中、だとしたら……早く起きないと……」


 夢と分かれば、次の目的は単純明快である。

 そう、“夢”から覚めて、現実に帰るのみだ。


「水瀬、大丈夫かな……」


 摩耶が助けてくれた事など知る由もない和輝は、置いて行ってしまった夢姫を慮りため息を吐く。


「心配なの? どうして? 自業自得じゃない」

「自業自得、か……」


 夢姫は確かにうるさいし、好奇心で身を滅ぼす典型的な厄介者である。和輝自身、何度も被害を被ってきた。


「――だけど、救われてる部分も多いから。友達、だから……」


 ふと、和輝は言いかけた言葉の先を忘れ後ろを振り返った。

 そこには……誰もいない世界、“自分の夢の中”であるはずの世界に、唯一人――

 自分と同じくらいの……六、七歳の頃の少女がそこに立っていたのだった。


「……そう、友達、なの?」

「あ、ああ。うん……そうだよ。大事な友達」

「大事、ね……」


 少女は首を傾げ、訝しげに和輝の言葉に耳を傾ける。

 姿こそ幼いもののその声や顔立ちには確かな既視感があり、和輝は一つの確信を抱き口を開いた。


「えっと、初めまして、で良いのかな……風見、桔子さん」


 少女は子供らしい無垢な笑顔で頷くと、小さな手を差し出す。


「同い年なのだから、敬語じゃなくって良いよ……それに、呼びにくいんでしょう? ……“風見”って呼んで」



―――



 まだ日も登りきっていない暁の頃。神職の装束に身を包んだ佐助は、冷たい空気で肺を満たし木刀を両手で構えた。

 息を吐き、振り上げた得物を振り下ろし空を切る。


 誰もいない境内には風を切る音と踏みしめる砂利の音、そして自分の心音だけが響いていた。


 肺に新鮮な空気を溜め、吐き切ると同時に空を裂く――

 心の中に纏わりつく不安、焦りを振り払うように素振りを繰り返していると、朝の風に冷え切っていた体の中心から熱を持ち始め、鬱屈した心は汗と共に流れ落ちていった。


 素振りもキリの良い回数に達した為、佐助は木のふもとに置いていたボトルで汗ばむ手を冷やすと、乾いた喉を潤す。

 相変わらず境内は鳥のさえずり一つ聞こえない早朝の風景であったが――

 ――ふと、静寂を切り裂くように鈴の音が鳴り響き、暖かい風が頬を掠めた。


「――摩耶様」


 振り向いた佐助は、音もなく佇んでいた摩耶と視線を重ね、畏まった礼をする。

 摩耶はそんな佐助の頭をあげさせると、静かに声を紡いだ。


「体が冷えるであろうから……まずは着替えよ。私はここで待っておるから」

「……分かりました」


 ――久世神社はご神体を祀る社の他に社務所、倉庫、池と中々の敷地を誇る。

 社の横を通り、無人の社務所を抜けるとその裏には佐助とその父、そして父の再婚相手……つまり母親にあたる女性が寝食を共にする大きな家屋がある。


 まだ夢の中であろう両親が眠る居室の前を静かに通り過ぎると、佐助はシャツにズボン――動きやすいパーカーと言ういつもの洋装に身を包み摩耶の元へ戻って行ったのだった。


「佐助、私はお主にずっと謝らなければならなかった……すまない」


 境内を駆け抜けたからか、着替えたばかりの体はまた熱を発し汗を洋服が吸い取っていく。

 多少の不快感はあったが……佐助はそんな事を気にしていられる心持ちでなかった。


 その心境を汲み取ると、摩耶はまず頭を下げた。

 そして、息を吐くと紅い瞳でまっすぐに佐助の目を射ぬき言葉を紡ぎ始めたのだった。


「――十一年前、ある“道具”が目覚めた」


 “地獄”――

 古の時代に悪の限りを尽くした者の、もっとも汚れた心を封印したその道具は一人の少年の手でこの時代に目覚めたのだ。


 永き封印の眠りから覚めた“彼の魂”は、その少年の“渇望”と心を重ねる。

 その少年が望むものを与え、代わりに周囲の者どもの“心の間”を吸い取ることで不完全に切り分けられた自分の“心”を、力を取り戻そうとしたのだ。


「少年……」

「十一年も前の“少年”だ。……今は青年になっておるな」


 少年の心は、まるでひび割れた壺のようで――涸れた心を満たそうと、“水”を注ごうとも隙間から流れ落ちてしまうばかり。

 だが、その零れた水は次第に少年の心も、周りの人々でさえも浸食していった。


「――そうして、遂に“その日”が訪れた」


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