表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユメユメ~二年目~  作者: サトル
4.此れ前生の宿報也
38/287

4-13


 外から寛二朗が照らし続けるライトの明りだけを頼りに、夢姫と刹那は薄暗い倉庫に足を踏み入れる。

 随分と使われていなかったのだろうか、倉庫の中には殆ど物が置かれておらず、ただ埃とカビと苔の混ざったような古い匂いだけが空間を支配していた。


「――あれが鏡だね」


 手に巻いた絹布で口を押さえ、埃の吸引を防いでいた刹那が夢姫の一歩前を歩き呟く。

 “そんな使い方ありなのか”とその小狡さを噛みしめた夢姫が黙って頷くと、二人は倉庫の一番奥で静かに鎮座していた姿見のような物の前に並んだのだった。


 姿見くらいの大きさの板を古い反物のような布地が包み込む。刹那がそれをはぎ取ると、薄闇に二人の顔がぼんやりと映し出された。


「……でも、どうしたらいいんだろ」


 漫画や小説のお決まり、鏡の中に吸い込まれるような展開を想像していた夢姫は鏡面をノックするように叩く。コンコンと固い音を跳ね返す鏡面は至って普通の鏡であり、身構えていた夢姫は拍子抜けしたように頬を膨らませた。


「ねえ猿喰さん! もっと他に言い伝えの類はないの? 何かやったら修羅の世界に行ける、とかさ~?」

「うーん、実際誰か行ったとかって話じゃないしなあ」

「むー」


 夢姫が踵を返し、寛二朗に助言を求めかけていた時だ。

 ――刹那は鏡面に映る自身の姿と向かい合っていた。左右反転に映る仄暗い闇の中には夢姫の後ろ姿も映し出される。


 ふと鏡の中の夢姫の、その足元に黒く(ウゴメ)(モヤ)のようなものが見えた気がして刹那は振り向いた。


「夢姫ちゃん危ない!」

「ほへ?」


 刹那が鏡に背を向けた瞬間だった。

 素っ頓狂な声を上げ振り向いた夢姫は鏡面が真っ黒く濁った事に気付く。先程まで、確かに二人を映しだしていた鏡面は一切の光をも遮断し濁った黒を映しだすばかりであった。


「……にゃ!? いや、危ないの刹那っちの方!!」


 見間違いか何かかと夢姫が思考を巡らせるよりも先に――何も映しださない鏡はまるで嘲笑うかのように鏡面を濁らせ、滲み出るように黒い煙を燻し出す。

 ――それは人の手のような形を成し、刹那の首に纏わりついた。


「しまっ……」


 夢姫が駆け寄り手を伸ばす……が、その手を取るよりも先に、刹那は黒い手に引きこまれ鏡面に沈んで行く。


 先程まで鈍い音を跳ね返していた固い筈の鏡面は水のように波打ち、一人の少年の体を丸ごと飲みこむと――やがて何もなかったかのように夢姫の姿だけを映しだしたのだった。


「刹那っち!? うそ……なんであたし置いてっちゃうのよ!?」


 驚き、焦り、憤り……入り乱れる心の混乱をぶつけるように夢姫は鏡面を握り拳で何度も叩いたが――そこには焦りを滲ませる自分の顔が映し出されているだけであった。


 何度叩きつけて見ても、そこにあるのは薄汚れた固い板であり、夢姫の声もまるで響かない。

 逸る気持ちのままに鏡面を割ってしまいそうな予感さえ覚え始めた詠巳が、薄闇の中足を踏み入れかけたその時――

 まるで立ち入りを拒むかのようなタイミングで鳴り始めた自身のスマートフォンに驚き、足を止めた。


「こんな時に誰かしら」

「何!? まさか男か!? ストーカーなのか!?」


 一人勝手に思考を飛躍させ始めた寛二朗をかわし、詠巳は液晶画面に指を重ねる。

 画面上には登録のない見知らぬ番号がならんでいた。

 出るべきか否か。決めかねた詠巳が数字とにらめっこしていると、覗き込んだ寛二朗がその手からスマホを抜き取り通話ボタンを豪快に押す。


 詠巳が戸惑いの声をあげる傍らで、寛二朗は堂々たる振舞いで電話の向こうの見知らぬ相手に言葉を投げかけたのだった。


「おう! あんた誰だ! 男か!? ……お、おう? 男、じゃない……いや声は男だけど、女? 男……?」


 恐らく、自分の恋人を守ろうとしたのだろう……だが、その勢いは最初だけだった。

 寛二朗は電話の向こうの相手――その“性別”の判断に悩んだ様子で首を傾げ始める。


 “男とも女とも言い難い人”に心当たりのあった夢姫と詠巳は顔を見合わせ、やがて詠巳は寛二朗からスマホを奪い返したのだった。



 ―――



「ああー! ……良かった、詠巳ちゃん無事? んもう、夢姫ちゃんも佐助くんも電話出てくれないし、八雲さんは携帯持ってないし刹那くんは電波届かないし、詠巳ちゃんに~って思ったらいきなり怖い人が出てきて、クララ、もう泣きそう……」


 ――同じ頃、來葉堂ではただ一人となったクララが戸惑いを露わにスマホを握りしめる。

 随分と長い時間、そのたくましい胸は不安のままに鼓動を高鳴らせていたのだが――ようやく知った声を耳に、安心したようにカウンター席に座りこんだ。


「……ああ、そう! 大変なの、今さっき桔子ちゃんが突然やってきて、マリンに睡眠薬を飲ませたらしくって、マリンの命と引き換えに――」



 ――怯えたように震える野太い声に耳を傾けていた詠巳の前には、状況を伺おうと息を飲む夢姫の姿。

 夢姫と寛二朗の視線を浴びたまま、詠巳は受話器の向こうから聞こえた不穏なワードに小さく声をあげたのだった。


 詠巳の口元を見つめ、芳しい状況ではないと察した夢姫は受話器の向こうにいるであろうクララと直接話す為、詠巳に手を差し出す。

 夢姫の挙動に気付いた詠巳は集音マイクに向かい“ちょっと待ってもらえます?”と言葉を掛けるとスマートフォンを渡す代わりにスピーカーのマークを押した。

 詠巳の耳にだけ届いていたクララの声は静まり返っていた庭先に広がり、夢姫は飛びつくように友の腕にしがみついた。


「クララちゃん、どういう事!?」

「その声は夢姫ちゃんね? ごめんなさい……ソラ君が、桔子ちゃんの……つまり、人質に取られちゃったの……」


 “解決の糸口を探る夢姫達の旅を妨害する”――

 ――朝、桔子が口走ったその言葉が出まかせや苦し紛れで終わるものでは無かったと知り、夢姫は強く歯を食いしばる。


「桔子のやつ……!」

「ごめんなさい、クララがもっと強かったら……」


 “強さってなんだっけ”とつっこむ雰囲気ではないと察した詠巳がそっと口を噤む。一方の夢姫は踵を返し猿喰家の玄関へ走り出していた。


「おいおいお姫ちゃん!? どこ行くんだ!」

「どこも何もない! ソラぽん助けないと!」

「一人で行くのは危険だぜ」

「でも!」


 咄嗟に寛二朗が腕を掴むと、圧倒的な体格差のせいで夢姫は振りほどく事も出来ずに睨む。

 寛二朗は首を横に振ると掴みあげていた腕を下ろし、詠巳を見つめたのだった。


「詠巳、ここは任せて大丈夫か?」

「ええ勿論」


 掴まれたままの腕が徐々に痛み始めていた夢姫を無視したまま詠巳としばしの間見つめ合うと、やがて寛二朗は気合いを入れるように雄たけびをあげた。


「うっし! そう言う事ならお姫ちゃん、道中俺もついてくぜ! こう見えて力はあるからよ、修羅のお嬢さんが怪力の持ち主でも投げ飛ばしてやらあ!」

「どう見ても力あるように見えるって言うか……まあ良いか」


 夢姫は“めんどくさそうな人が仲間になった”と言いたい気持ちを押し殺すと、一路來葉堂へと引き返して行ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ