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「告白じゃない、と言うことは……こんなジジババ天国に何の用だ?」
「“天国”は直球すぎる表現だと思うんだけど……ええと、改めて自己紹介させてほしい。僕は逢坂 刹那、こちらは水瀬 夢姫さん。……で、君は」
夢姫が恒例の品定めをしている傍らで、刹那が頭を下げる。
促された少年は気の良い笑顔を見せると、自身より少し低い刹那の整った髪をくしゃくしゃに撫でたのだった。
「なんだなんだ、友達になりたいならそんな畏まらなくっても良いぜ!」
線が細い綺麗な髪の毛は、配慮の欠片も無い少年の手により見るも無残に乱れ……ボサボサになった頭から絹布を解くと、刹那は手櫛で整える。
「……今この瞬間、僕は友達になれないなと確信したよ」
刹那の呟きなど届かなかった様子で、少年は豪快に笑って見せたのだった。
「――あら、寛二朗さん……どこに行ったのかと探していたところだったのよ」
ちょうどその時。
豪快な声と恵まれた体格にすっかり隠れきってしまっていた背後からか細い声が夢姫達の耳を掠める。
繊細なその声は聞き洩らさなかった様子の少年は勢いよく振り返ると、影に隠れてしまっていた少女――詠巳は呆れたように頬に手を当て立っていた。
「お、おおう!? ち、違うぞ詠巳! この子らはどうも友達になりたかっただけらしくって、別に詠巳の恋のライバルになんてならな」
「分かってるわよ。私が連れてきたんだもの」
「えええ!? じゃ、じゃあ詠巳の話してた友達って」
「ええ」
大きな体を丸め、アワアワと手を右往左往させる少年を一言で制すると、詠巳は深いため息を落とす。
二人のやりとり、距離感を傍目にもう殆ど気付いてしまっていた答えに夢姫はまたも目を丸くしてしまったのだった。
「――ごめんなさいね、この人早とちりだから面倒掛けたでうしょう? ……改めて紹介するわ。……この人は猿喰家次期当主にして私の恋人の」
「猿喰 寛二朗だ! よろしくな! ツナ坊にお姫ちゃん!」
「ツナ坊、ね……初めて言われるタイプのニックネームで耳触りは良くな」
「気に入ったか?」
「もちろん逆だよ!」
「……逢坂さん、この人にその手の遠回しは無効よ」
静かで大人びた印象の詠巳と、明朗快活でパワフルな印象の寛二朗――
両極端な二人の関係性がどの角度から見ても結びつかず……夢姫は声も出ないままに二人を見比べ続けたのだった。
「――さて、お二人さん……ゆっくりしていられない事情があって、彼らを尋ねたんでしょう? ……現当主様は生憎、待合室まで出てこられる体調じゃなかったみたいだから、私も代わりに話を伺うわよ」
寛二朗のペースに振り回されたせいで、珍しく疲労感をその顔に滲ませたままの刹那と、未だ現実についていけていないまま目を見開く夢姫。そして上機嫌に笑っている寛二朗……それぞれを椅子に座らせると、詠巳が手を叩く。
その言葉で吹き飛びかけていた本来の目的を思い出した夢姫は身を乗り出すと寛二朗をまっすぐに見つめたのだった。
「そう! あのね、あたしの友達が大変なの! でね、えっとまやちゃんっていうちょっと変わった子が、この辺に住んでる“猿喰の一族を頼ってみよ”って言ってて、それであたし達はあなた探してたの!」
佐助が見ていたら“気安く摩耶様の真似をするな愚か者”とでも怒り狂いそうなモノマネを挟みつつ夢姫は捲し立てるように言葉を紡ぐ。――この日だけで何度この説明を繰り返した事か、最早夢姫には考えている余裕も無かった。
この数日間に起こった様々な出来事の一部始終、“疫病神”の事、生きていた友人・桔子の事、行方の分からない親友の事、和輝の事――
支離滅裂にも取られかねない夢姫の言葉足らずな説明を落ちついた様子で受け止めると、寛二朗は腕を組み唇を真一文字に引き締め頷いた。
「“摩耶”か……粋な名前をしてるなあ。もしかして……いや、まさかな! 話は分かった。恐らく、摩耶って子が言っていたのは俺の一族が受け継いできた伝承の事だろうな!」
寛二朗は豪快に両の手を叩くと、勢いを付けて立ち上がる。
その音で驚いたのは刹那だけでは無かったようで、周りの席で余暇を過ごしていた老人たちも驚き、その姿を見上げていたのだった。
「おっと、ごめんよじいちゃんたち! ……そうと分かれば、話は早い! ちょっとばあちゃんに話通してくるから、待ってな!」
豪快かつ堂々とした振舞いで廊下を闊歩していく少年の背中を眺め――
「……老若男女、男女年齢に関係なく接するだけこっちの寿命が縮みそうな人だね」
刹那は珍しく疲れた顔を見せ呟いたのだった。
――詠巳の祖父の運転する車に揺られ、一同は先程までいた閑静な住宅街の一角に戻ってきた。
その道中も相変わらず祖父はほとんど喋らないままであったが、それに慣れているのであろうか……到着し、エンジンを切る祖父のすぐ後ろに座っていた寛二朗は“いつもありがとうございます!”と耳が痛くなるほど鮮明なお礼を投げかけると、一同を促し車を降りた。
「ここが俺の家だ!」
詠巳の祖父と別れ、一同は先程刹那が具合を悪くした邸宅から数軒分離れた場所――住宅街の隅の方で確かな存在感を放ち続ける重々しい日本家屋の前に着く。
寛二朗が仁王立ちで声をあげると、閑静な住宅街に響き渡るその声には近所の飼い犬達も驚いた様子で、辺りには犬の大合唱が繰り広げられた。
「君はいちいち誰かを脅かさないと死ぬ病気でも患っているのかい?」
「お? どうしたツナ坊! 怖いなら素直にそう言った方が良いぞ」
「読解力ないのかな?」
「まあ、仕方ねえよな! 俺でも夜中にあの家の前通ると背筋がぞぞっとするからなあ」
「……そんな話していないんだけど」
「よしよし!」
「こんなに会話がかみ合わない人は初めてだよ……」
苦虫をかみつぶしたように整った顔を顰める刹那の背中を豪快に叩くと、寛二朗は豪快に笑い飛ばす。
巻き添えを食らわないようにと少し後ろからそのやり取りを眺めていた夢姫は、その傍らで詠巳が発した“誰にでも苦手なものってあるのね”と言う言葉にコクコクと頷いたのだった。




