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――結局、餅だけで留まりきらず、抹茶のソフトクリームやポテトなどを堪能した夢姫は、刹那の提案で交番を目指していく。
「ほーひへほーはんはほ?」
「まずは飲みこんでから喋ろうね。……まあ、ちょっと待ってて」
街の雰囲気に合わせたレトロな風貌の交番につくと刹那はポテトをほおばる夢姫の問いかけに頭を撫でウインクをしてみせる。
そして、丁寧に引き戸を開けると中で勤務中の警官に声をかけたのだった。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが。この辺りに“猿喰さん”のお宅がありますよね?」
「ああ、道案内ですか? 失礼ですが……」
壮年と思しき警官は表情を煙らせると言葉を濁す。
個人情報保護の為であろう。“調べる事は出来ない”と言わんばかりの態度を表す警官の姿には、外から覗き見ている夢姫でさえも雲行きの怪しさを感じ、息を飲む。
だが、ある程度は想定内だったようで、刹那は小さく息をつくと物怖じする事もなく警官に微笑んだのだった。
「……今はもう諸事情で苗字が変わっているのですが……高峰と申します。十年ほど前にこのあたりに住んでいまして。当時の母の友人でしたので、僕も詳しく知らないんですけど……確かこの近辺に猿喰さんと言う方が住んでいるはずなんですが」
「このあたりの高峰さん……まさか、京さんの……?」
何かに驚いた様子で目を見開いている警官に、刹那は鞄に入っていた財布から免許証を取り出して見せる。
夢姫が固唾を飲み見守る中、免許証と刹那を交互に見比べていた警官はやがて息をつくと交番の奥に向かい、そして住所録のような冊子を手に戻ってきたのだった。
―――
穏健に会話を締めると刹那はスマートフォンを片手に夢姫が待つ軒下へ足早に掛ける。
ポテトは最後の一本を残したまま、すっかり食欲も落ちついた夢姫が不思議そうに見つめていると、刹那は微笑みを返しスマートフォンの地図アプリを立ち上げていた。
「おまわりさんに聞いたの? よく教えてもらえたね……?」
「虎の威を借る狐、ってとこかな。このあたりでは有名な名前を借りたんだ。……まさか、適当に言ったことが当たるとは思わなかったけど。本当にこの辺りにあるなんて……バスに乗った方が良い距離だね、行こうか」
経路を調べそう結論を導いた刹那は、ポテトを残したまま目をまん丸とさせた夢姫が自分を見つめている事に気付き足を止める。
「……美味しくなかったのかい?」
徐々に本来の熱を失い水分が抜けた分細くなってしまったポテトに視線を預けたまま、刹那が問い掛けると夢姫は首を横に振る。
「そうじゃなくて……刹那っち、今日ずっと思ってたけど嘘つくのうまいね?」
「……そう?」
「あ、いや悪い意味じゃなくって、その……あたしすぐに顔に出るって、きょーやに言われた事あったから、ちょっと羨ましいっていうか」
いつも柔らかく微笑みを携えている少年の表情が一瞬だけ曇ったと感じた夢姫が取り繕うように付け加えると、刹那もまた“気を使わせた”と感じたのだろう。
夢姫の頭を優しく撫でると、取り残されたままのポテトをつまみ形の良い唇に運ぶ。
「“嘘をつかなくて良い生き方”の方が幸せだと思うよ。……このポテト塩がかかり過ぎてて美味しくないね」
「う、うん……?」
「そろそろバスが来る時間だ。……日が傾く前に、行こう」
――バスに揺られ、二人は駅を遠く離れた住宅街の一角に降り立つ。
観光客で賑わう駅前の大通りとは違い、この地で生活をしている者だけが利用しているのであろう……人気のないバス停を後にすると、スマホの地図を頼りに進む刹那に従い夢姫も住宅街を進んで行った。
駅周辺の古風な街並みとは異なり至って普通のモダンな住宅ばかりが立ち並ぶ道を抜け、家屋の庭に繋がれている犬に吠えられながら――やがて刹那は一件の邸宅の前で足を止めた。
到着したのだろう、とごく自然に答えを導き出した夢姫はごく自然に視線を邸宅の表札に向けたが――
表札は剥がされていたようで、日に焼けた長方形だけがその存在を主張していたのだった。
「……刹那っち? ここなの?」
剥がされた表札もだが、雑草が生い茂る庭も、ツタが蔓延る家屋も……どこを見ても人が住んでいる気配は見当たらない。
夢姫が怪訝な表情を携え顔を覗き込む……が、刹那は動揺にその表情を曇らせたまま口を抑えそのまましゃがみ込んでしまったのだった。
「この家は……」
「だ、大丈夫!?」
夢姫は驚きを擁しながらも目線を合わせるようにしゃがみ込み、刹那の背中に手を添える。
顔をあげようとはしないまま、微かに首を横に振った刹那の背中は浅い呼吸を繰り返していた。
「……どう見ても大丈夫じゃないよね!? どーしよ……ちょっと待ってて、近くの家の人呼んでくるか……」
このままではまずいと察した夢姫が立ちあがり辺りを見渡していたちょうどその時――二人の前に一台の車が停車した。
若年が好みそうな近年流行のフォルムではなく、昔ながらの高級車と言ったところか。
「あ! あのすみません! 友達が――」
渡りに船とはこの事だろうと夢姫が車の窓を数回ノックすると、それに応じるように窓が開き……夢姫にとって聞きなれたか細い少女の声が静寂に響き渡ったのだった。
「――見覚えのある髪型が見えたと思ったら……やっぱり、夢姫さん」
そう、声の主は夢姫の友人であり梗耶のクラスメートでもある少し変わった少女――犬飼 詠巳だ。
車の運転手は保護者であろうか、夢姫の母よりも上に見える壮年の男性がハンドブレーキを引くと、それを合図に詠巳はドアを開け二人の元へ歩み寄った。
「よみちゃん大変なの! 和輝がお姫様できょーやはなりすましで刹那っちが! 刹那っちも!」
見知らぬ土地での孤独感から解放されたような気持ちもあったのだろう……夢姫は詠巳に飛びつき逃すまいと抱きついた――が、ふと視界に飛び込む違和感に気付き顔をあげた。
「夢姫さん落ち着いて、過去最大級に何言ってるか分からないわ」
「って、あれ……よみちゃん、だよね?」
「ええ」
「何で顔が見えるの?」
――そう、その姿は普段見なれた“伸ばしっぱなしの長い前髪に黒いローブ”と言う妖しさ満点の姿ではなく、前髪を横に流しピンで留め、暗めの色でまとめた女性らしいシルエットのワンピース姿というごく普通で年相応の少女の立ち振る舞いであった。
「……変かしら」
「変って言うか……普通に可愛いけど、普通なのが変っていうか」




