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同じ頃、夢姫と刹那は快速電車に揺られていた。
一定のリズムで身体を揺さぶる心地よい感覚に、睡眠時間が足りていない二人は意識を手放してしまいそうになっていたのだが……寝る時間も勿体ないと思っていたのだろう。
夢姫が自身の頭の中を整理するようにここ数日の目まぐるしい日々に見たものをありのままに紡ぎ終えると、その真正面のシートに細い体を預けていた刹那は静かに息をつき、頷いた。
「――なるほど、……吾妻君と、志を共にしている“修羅”の乙女、風見 桔子ちゃん、ね」
「うん……美咲って子が言うには、“疫病神”への復讐が目的らしいんだけど、桔子の方は……」
「狙いは夢姫ちゃんの方だね……それはさっきの邂逅でも分かったよ。彼女が君を睨む瞳は濁った井戸の底のように暗く、冷たかったからね」
「……その例えは良く分かんない」
「そう?」
首を傾げる夢姫を傍目に、刹那は鞄の中からペットボトルを取り出す。
お茶が入っているらしいボトルはまだひんやりと冷たい。容器の表面の水滴をハンカチで拭うと、キャップを開け喉をうるおしていた。
「……桔子、あの事故の時に死んだはずなんだよ。遺体は見せてもらえなかったけど、お葬式だってやった。それは梗耶も一緒だった。……なのに、どうして今頃になって……和輝もいなくなっちゃうし、何で、恨まれてるのかも分かんないし、あたしどうしたらいいのか分かんないよ……」
刹那が喉を潤している間の僅かな沈黙。電車に乗り合わせる見知らぬ人たちの話声やレールの音に混ざり消えてしまいそうなほどに小さな声で呟くと、夢姫は自分の膝の上で指先を握り締めた。
二人を乗せた電車はちょうどトンネルに差し掛かったのだろう。
窓の外が闇に覆われ、車内灯の明りだけが車両を包み込む中……刹那は鞄の中から未開封の缶ジュースを取り出し、力のこもったままの夢姫の手の甲を冷やしたのだった。
「夢姫ちゃん、そんなに思いつめた顔をしないで。まだ、希望は残っている……まずはやれることをやって、それでも道が見つからない時が来てしまうまで“胸が痛くなる表情”は取っておいて欲しいな。……勿論、僕も協力するから。君にそんな顔して欲しくないからね」
ひんやりとした感触に驚いた夢姫は声にならない声を上げ、正面に座る刹那の整った顔を見つめ返す。
悪びれる事も無く笑う美少年の言葉に、呆れるやら周囲の視線が恥ずかしいやらで何とも言い返す言葉が見つからなくなってしまった夢姫はため息をつくと刹那の手から缶ジュースを奪い取った。
「刹那っちはいちいち回りくどい。……でも。まあ? あ、ありがとうね。何だか少し、気が楽になった気がする」
トンネルを抜け、薄闇に慣れかけていた二人の目には眩しい光が車窓に降り注ぐ。
徐々にスピードを落としていく電車内には独特な抑揚をつけたアナウンスが間もなく目的地へ到着する事を知らせていた。
「……刹那っちはさ、友達と喧嘩したときとか、どうやって仲直りしてる?」
「え……?」
刹那から奪った缶ジュースを開け、一気に飲み干すと夢姫はぼんやりと問い掛ける。
唐突な質問だったからか、はたまた答えを用意できなかったのか……?
刹那が困ったように聞き返すと、夢姫は緩やかに流れていく車窓の景色に“親友”と過ごした日々を重ねていた。
「あたし、きょーやとは喧嘩になった事無いんだ。……あたしがカッとなって、わー! って言っても怒らないでいてくれたから。きょーや、あたしより大人だから……だから、桔子が何を怒ってるのか、分かんないの」
「喧嘩、か……」
言いかけた時、電車は高音と共に駅のホームにその身をゆだねる。目的地である地名を繰り返すアナウンスに促され――二人は慌てて電車を降りた。
古都に相応しい趣のある木製のホームから去りゆく電車を見送ると、刹那は息をつき視線を伏せたのだった。
「……僕も、分からないよ。誰かの為に怒った事も、誰かに想われて怒られた記憶も無いから」
「ほへ? それってどういう……?」
「何でも無いよ。……さて、まずは手掛かりを探そう」
―――
二人が改札を抜けると、そこには現代と過去が交錯する風光明媚な景色が広がっていた。
タイムスリップでもしたかのような情緒が残る町並みに、少し気持ちが上向いたのか夢姫のテンションは跳ね上がり、部分的に長いツーテールの髪を弾ませ駆けだしていく。
「すごーい! “いかにも歴史あるよ”って感じ? あたしこの感じ好きー! 和輝んとこみたいな寂れ田舎とは大違いだ!」
「寂れに関しては否定は出来ないけど、それは言わない方が良いと思うよ夢姫ちゃん」
駅から道路を一本挟んだ向こう側は、国内でも有数の大きな天満宮を控える参道が見え、軒を連ねる商店には観光客が列を成しているようだ。
優しい風に運ばれ、甘く香ばしい匂いが忘れさせていた食欲を掻き立てたらしく、夢姫は何故か恨めしそうに傍らの刹那を見上げる。
「梅枝餅、か……今じゃどこでも食べられるけど、発祥はここなんだよね」
「おもちなんだ、ふーん……」
視線が絡まり、少女の訴えたい言葉を察したらしい刹那はため息をつくと呆れたような微笑みを返した。
「……奢るよ」
「やったー!」




