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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
4.此れ前生の宿報也
30/287

4-5

 ――高級そうな家が立ち並ぶ新興住宅街。小高い丘の上から見下ろすようにして立っている一件の邸宅の扉を、一人の少年が力いっぱいに押しあける。錆びついた音と共に少年を招き入れた広大な庭は人を拒むかのように雑草が生い茂る。


「――優菜! ……また、ここに来ていたんですか?」


 正面にそびえる三階建ての大きな館のすぐ真下にあるブランコに腰かけ、足をぶらつかせていた少女・優菜に声を投げると、少年は雑草を掻き分け歩み寄った。


「“ここ”はもう入っちゃいけない、って怒られたばかりでしょう?」

「美咲くん! ちょうど良いところに来たね~、今ねえ“外人さん”と美咲くんのお話してたんだよ~」

「……外人さん?」


 元気に頷くと、優菜は無垢な笑顔を返す。

 親に大好きな友達を紹介する子供のような悪意のない笑顔の少女を前に美咲が困惑を示していると、館の正面で確かな存在感を放つ――重厚な扉がゆっくりと開いた。


「君は……ユウナ話していた、friend(友達)ですね?」


 扉から姿を現したのは、美咲よりも少しばかり大人であろうか……大学生かそれより少し上に見える青年だ。白い肌に透き通るような黄金色の髪、ターコイズブルーの宝石のような青い瞳――その姿は西洋人形のようで一目で異人と分かる。美しい青年が覚束ない日本語で言葉を紡ぐと、不信感を押し殺した美咲は顔に笑顔を貼り付けた。


「日本語お上手ですねえ。……俺は美咲と申します。優菜のお友達なんですか?」

「ミサキですね、ありがとうございます。ですが日本語はまだあまり苦手です。……自己紹介、遅れました。……私はルーカスです」


 “ルーカス”と名乗った西洋の青年が白い手を差し出すと、美咲が口を開くよりも先に優菜がその手を取り、青年と無理やり握手を交わさせる。

 普段よりもずっと機嫌が良さそうな優菜を横目に美咲が青年と視線を重ねると、ルーカスもまた困ったような笑みを返した。


「美咲くん初めて会うよね? ルーくんはね、優菜のところにライタくんを連れてきてくれた恩人なんだ! ライタくんも“この人好き”って言うから、優菜も好きなの!」


 美咲の手を解放すると、優菜は“ライタくん”の――動くことのないぬいぐるみの手の部分を持ち上げルーカスに差し出す。人形ごっこに付き合うように、ルーカスもまたぬいぐるみと目線を合わせるとその手を指先で握り返した。


「私はあるべきところへと“魂”を導いただけの事……恩人、少しover(大げさ)です」

「おーばーじゃないよー! 優菜、またライタくんに会えて本当に嬉しかったもん!」


 ぬいぐるみの両手を広げながら青年に抱きつくように体の部分を胸元に押しつけると、ルーカスがそれに応えるように犬の頭を優しく撫でる。


 白い指先から静電気を生み出すように黒い靄が燻し出されていた事に気付いているのか、いないのか……傍から見れば極めて和やかである“異人と少女のやりとり”を美咲は一人怪訝な眼差しで見つめていた。


「――はあ、俺邪魔なら帰りましょうか~?」


 しばらくぬいぐるみとのハグを続けていた金髪の青年にしびれを切らした様子で美咲がため息交じりに呟くと、ルーカスは何かを思い出した様子で指を鳴らす。


「邪魔、いいえ。私はここへ挨拶に来ました。……そうですね、“袖擦れるも縁”」

「それを言うなら“袖触れ合うも多生の縁”ですね」

「すみません、日本語は勉強中です。……それより、ユウナ。ミサキと話がしたいので、少し遊んでて下さいませんか?」

「んー? いいよ~!」


 信頼しているのだろう。優菜は二つ返事で応えると、“ライタくん”に話しかけ走りだす。“走ると危ないですよ”と言いかけて、まるで親にでもなったようなセリフだと気が付いた美咲は言葉を飲み込む。そして、その隣で手を振る異国の青年を盗み見たのだった。



 ―――



「……で、俺に話ってなんでしょうか?」


 優菜のはしゃぐ声が聞こえなくなるほどにその姿が小さくなったころ、美咲は青年の姿を見ないままに問いかける。


 ルーカスもまた、美咲のほうを見ないまま。遠くで動かぬぬいぐるみに笑いかける無垢な少女に視線を預けたまま口を開いた。


「“修羅”の力が確実に増していますね、きっとそれはユウナの力ではない、ミサキあってこそ。まずはお礼を言いたかったのです」

「……ああ、風見さんのことです?」

「宿主の名はわかりません。ですが私には聞こえます。あと少しで“修羅”の魂は自我を抱けるほどに成長しています。よほど馬が合うのか、宿主が自我を保っていられるのもあとわずか、なのです」


 日本語が不慣れなことは真実なのだろう、異国の青年は時々言葉を選んでいる様子で首をひねりながら紡いでいく。その不自由さとは相反し、迷いや躊躇がないその言葉を一つ一つ受け取りながら、美咲は小さく息をついた。


「俺はその手の“声”やら姿なんて見えない部外者なんで分かりかねるんですけど、その……自我、って言うのが無くなったら、どうなるんですか?」

「……そうですね、私も見た事はない、ですが。“願いを叶えてくれる”とその声の主は言います。さしずめ、育ててくれた恩返し、と言ったところではないでしょうか」

「願い……」


 ふと、遠くから気の抜けるような少女の悲鳴と猫の鳴き声が聞こえた。一人とぬいぐるみ一体で遊んでいた優菜が、何かの拍子に野良猫でも怒らせたのだろうと美咲はため息を漏らす。

 威嚇するように高い音で鳴く猫の訴えに対し何故か通じないはずの言葉で反論を試みたらしく、優菜は懸命に猫の鳴き真似を続けているようであった。


 片言の猫語で対話を試みる少女と猫――傍目にみれば(多少の痛々しさもあるが)和やかな光景にも思えるものであるが……少女・優菜の気性を理解している美咲にとっては冷や汗をかく危険な光景にしか見えなかった。


「……止めますか?」


 そんな美咲と気持ちは同じだったのであろうか……ルーカスは両肩を竦め“やれやれ”と言わんばかりのボディランゲージを見せるとそう声を掛ける。


「それが良いでしょうねえ」


 苦笑しつつ、美咲は傍らの青年にそう返し大声で優菜を呼ぶ。

 耳に届いたのだろう、遠くで聞こえていた猫語がぴたりとやんだかと思えば、少女は素直に足を向け美咲達の元へと駆け寄ってきたのだった。


「――ん? お話終わったの~? じゃあ優菜と遊ぶ!」

「いえ、すみません、私はそろそろ帰ります。ちょっと人と会う約束をしていますので」


 不服そうに頬を膨らませる優菜の頭を撫でると、青年は蒼い瞳を細め笑って見せた。


「では、ミサキ。大変でしょうけど“修羅”達の魂をお願いしますね」


 まるで兄妹のようなその光景を傍観していた美咲に向き直ると、ルーカスはそう紡ぎ――先の言葉を待たないままに立ち去ってしまったのだった。


「――さて、そろそろ俺達も準備しましょうか。風見さんを迎えに行かないと」

「例の……誰だったっけ、誘拐するんだったよね! ねえ、でもそう言う派手なお仕事を一人に任せて大丈夫だったの?」

「派手な仕事だからこそ、目立たずにこなしてもらう必要があるんですよ。“顔見知り”なら、向こうも油断するでしょうからね」


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