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「――ええ、一年次から引き続きの生徒もいるとは思うが、改めて。このクラスの担任、続木 一郎だ。みんな、宜しく。……それじゃあ、初めての生徒もいるから出席番号一番から自己紹介をしようか」
ホームルームが始まり、担任の続木がそう挨拶する。
そして、続木に促され新しいクラスメートたちが出席番号順に自己紹介をし始める中、比較的後ろの方となる和輝は教室内を見回していると……ふと、すぐ後ろの席の夢姫が背中をつついた。
「ねね、和輝和輝! あの人イケメンじゃない? あの一番端の人……和輝知らない?」
しばらく無視してみたが、やはり諦めるはずもない。どうやら夢姫は早速“イケメン物色”という褒められたものではない趣味に勤しみ始めたようだ。
「だからうるさいっての! 知らないよ」
「何よーやっぱ隠キャね」
「あーはいはい隠キャで結構。だから静かに」
「水瀬よ……お前は進級してもうるさいなあ?」
最早、夢姫と腐れ縁と言って良いだろう。一年次に引き続き夢姫の面倒を見ることとなった続木は、苦笑いを浮かべながら歩み寄る。
そして、出席簿の背表紙を夢姫の頭に振り下ろしたのだった。
「あだ!! ……痛いよいっちー!」
「続木先生と呼べっての! ……ああもう、今年も一年胃が痛い。灯之崎君もコイツウザいと思うけど、構わないように。成績下がるからね?」
「出来れば構いたくないんですけどね。俺も」
続木は深いため息をつくと、教壇に戻った。
出席番号順に自己紹介が始まり、和輝も夢姫も新しい級友たちを確認していく。
「……そういや、犬飼や風見は別クラスになったな」
和輝が前の方の出席番号を確認しながらぼそりと呟く。
犬飼 詠巳、そして風見 梗耶――この少女二人もまた、昨年出会い騒動を起こしたりともに巻き込まれたりした同級生である。
夢姫にとって梗耶は幼馴染であり、一番の親友。詠巳は昨年知り合い親密になった大事な友人の一人であった。
そんな二人と別クラスであるのだから、さぞ不満であろうと和輝が呟き自分の机に頬杖をついていると夢姫はまたも背中を突っつき始めた。
「よみちゃんときょーやは五組だよん。二つ隣だもん、遠いよね~」
「……まあ、そうだな」
夢姫は和輝の気のない返事に少しだけ頬を膨らませ、強めに背中をつつく。
「きょーやが遠いの寂しい?」
「まあ、水瀬よりは風見の方が話通じるからな」
どうやらムッとしたらしい夢姫はつつく攻撃からつねる攻撃へとシフトチェンジし、頬もパンパンに膨らませた。
「何よそれー! まるであたしは話通じないみたいじゃない」
「いや事実じゃん。……て言うか、何怒ってんだよ」
「怒ってないもん!」
「怒ってるよ」
夢姫が言い返そうとした時、背後から歩み寄ってきた続木に出席簿でもう一撃叩かれ、夢姫は声にならない声を上げる。
「し、ず、か、に!」
「あいた! ……なんで俺まで」
続けざまに和輝も手痛い一撃をくらい、頭を抑えた。
周囲からは笑い声も聞こえる。和輝はこの痛い空気の中――この先に待ち受ける不安な未来が透けて見えた気がして、ため息しか出ないのであった。
―――
「――ほら、和輝帰るわよ!」
この日は午前のみで帰宅となり、相変わらず帰宅部の和輝は速やかに下校したかった。
……が、すぐ真後ろに夢姫がいる以上、それも叶わない事にまたため息をついた。
「なんで当たり前に一緒に帰ろうとしてんだよ」
「別に良いじゃん! そんなつれない事言ってるから陰キャなのよ?」
「陰キャ陰キャうるさい」
「事実、男友達居ないじゃん? ああ可哀相! あたしくらいしかまともに話してくれる友達居ないのよね~?」
「いやお前が付きまとうから友達出来ないんだけど! ……ああもう疲れる」
ご機嫌な夢姫に対し、和輝は新学期初日から疲労困憊だ。
だが、もちろんそんなことお構いなしに和輝の鞄とブレザーを掴むと、夢姫は意気揚々と教室を後にしたのだった。
「――あら、夢姫さんに灯之崎君」
和輝を引っ張り、夢姫が向かった先は詠巳と梗耶のクラス。
同じくホームルームが終わった詠巳を、夢姫は満面の笑みで出迎えたのだ。
「よみちゃん! 一緒に帰ろー!」
二年に進級しても、相変わらず詠巳は制服の上から黒のローブを身にまとい、前髪で両目を覆い隠す独特なファッションである。
夢姫といい、詠巳といい――この学校の教師は大変そうだな、と和輝は密かに同情していた。
「……あら、良いわよ」
「よし! じゃあかえろーう! ねね、よみちゃん、放課後どっか寄り道してかない?」
「え? あ、おい水瀬」
ごく平然と帰路に立つ女子二人に、和輝は戸惑った。一人足りない事に気付いていたからだ。
「風見は?」
夢姫は振り返ると首を傾げ、返す言葉を考えた……かと思えばすぐに頬を膨らませる。
そして、和輝の元まで足早に引き返すと比較的無防備なおでこを叩いた。
「……やっぱり気になるんだ。このやろー!」
「あいた! ……やっぱり会話通じないじゃないか」
「風見さんなら今日は用事があるからって、もう帰ったわよ?」
「……へえ」
ふくれっ面の夢姫を攻撃をかわしながら和輝は不思議そうに詠巳にそう返す。
分かりやすく無視されて黙っていられなくなった夢姫は詠巳の腕に絡みつきながら割り込んだ。
「そーゆーこと! ……毎年、この日は梗耶ナーバスなんだよ。あの事故の日……桔子の命日だからさ」
「事故……ああ、例の火災……」
夢姫はこくりと頷き、春のうららかな青空を見上げた。