3-11
來葉堂に辿りついた八雲と佐助は、心配げに声を掛けるクララを無視してそれぞれカウンター席、隅のテーブル席へと疲労困憊の体を預ける。
後から遅れて辿りついた夢姫もまた、八雲の座る席から少し離れたカウンター席に座ると、テーブルに顔をうずめた。
「――桔子、どうして……」
容赦のない桔子の攻撃をまともに受け、元々薄着であった夢姫の足や腕には打ちつけた時に出来たであろう切り傷と痣が目立つ。
それすら気に掛ける余裕もないまま項垂れる夢姫の代わりに、クララは野太い悲鳴を店内に木霊させた。
「ちょっちょっちょー!! ヤダヤダ! 夢姫ちゃんったら怪我だらけなの~! ちょっともう男子! 夢姫ちゃんは女の子なんだぞ! どうして守ってあげないのだ! ちょっと和輝……あら、和輝くんは?」
大あわてで薬箱を持ちよったクララが、ふと人数が少なすぎる事に気付き辺りを見渡す。
クララの問いかけに、誰も答える事が出来ず……店内は静寂に包まれた。
「……どうして誰も、クララと目を合わせないのだ?」
「それは……」
「――案ずるな。灯之崎和輝は生きている……と言っても、私の声はそちらの太夫には聞こえぬであろうな。すまないが佐助、そう伝えてはもらえぬか?」
ふと、凛とした透き通る声が響き、夢姫達は声の方を振り返る。
いつからそこにいたのか――そこには、摩耶が優しい笑みで立っていた。
「まやちゃんほんと!? 和輝、無事なの?」
夢姫はその言葉を聞くなり痛みをも忘れ、椅子を倒しながら摩耶の元へ駆け寄る。
摩耶が口にした通り、クララには姿も、声も見えず聞こえないのだろう。突如駆けだした夢姫の姿に驚き、目を丸くして不思議そうに首をかしげていた。
「ああ。道具の主の所在程度であればある程度把握出来るから、間違いはない……ただ」
佐助と夢姫、そして八雲の視線の中心で摩耶は赤い瞳を伏せ床目を見つめる。
まるで、言葉を選びかねているかのようなその表情に、先の言葉を急かせる立場にもない夢姫達は何も言えず、ただ息を飲むばかりとなった。
「……私達がどうにかして救いだせる場所にはおらぬようだ。……もどかしいであろうが、彼自身が自力で帰ってくる事を待つしかなかろうな」
「……ちっ、こんな時に……!」
錯綜する情報、行き場のない感情が整理出来なくなっていたのだろう。佐助はぶつけようのない苛立ちを目の前のテーブルにぶつけた。
摩耶の声は聞こえないまま、状況が呑み込めないクララがおろおろとその様子を見つめる傍らで、夢姫は恐る恐る声を紡ぎ、摩耶を呼んだ。
「……ねえ、まやちゃん。じゃあ……梗耶は? 梗耶は死んじゃったの? ……桔子は、生きてるの……?」
夢姫は少し冷えた頭で気に掛かっていた自身の親友の所在を――震える声を無理やり絞り出す。
だが、答えを持ち合わせていないのか、はたまた答えにくい問い掛けだったのか……
摩耶は首を横に振ると透き通る声を微かによどませていた。
「“修羅”の少女は生きた人間で間違いはない。道具が選んだのだから、確かに共感する感情が――生きた“心”があるのだ。……ただ、水瀬夢姫が心通わせておった親友の所在までは分かりかねる」
「……そっか」
摩耶は申し訳なさそうに頭を下げたが、夢姫の表情は沈みきってはいなかった。
確たる答えは無かったものの、微かな希望も残されたからだ。
「……とにかく! 良く分かんないけど、和輝は囚われのお姫様ポジで、梗耶は所在不明のソルジャー! ……ゲーム的に言うと最終決戦前に再会とかするパターンよね! ……だったら、あたしは勇者やるもん。ソルジャーと合流して姫を助ける」
夢姫が赤の瞳をまっすぐに見つめると、摩耶はその目を細め微笑み返す。
労わるように頭に手をかざすと、夢姫の体は温かい日差しに包まれるような優しい感覚に包まれた。
「――水瀬夢姫、お主があの“修羅”の少女と向き合う覚悟があるのであれば……今のままのお主で心許ない。ここより、南に十八里ほど行った土地、古都に“猿喰”と言う一族がいるはずだ。……今も残っておるかは保障出来かねるが、一族の末裔が残っているとしたら、彼らが力を貸してくれるやもしれぬ」
心地良い熱に包まれるうちに、踏まれた手も、蹴られた腹からも鈍い痛みが消えていく感覚が夢姫を癒していく。
「……修羅ガール、つまり桔子だよね。向き合う……うん。あたしが、あいつとは向き合わないと。……でも、十八里って何? コトってなに? 地名? どこ? そこにサルハミさんって人がいるかもなの?」
本来の元気を取り戻しつつあった夢姫が首をかしげていると、摩耶は何かに気付いたように手を打ち、首をひねる。
どうもこの場に則した言いかえの言葉を考えていた様子だが、良い言葉が出てこないらしく……摩耶は珍しくその表情を曇らせていた。
「夢姫ちゃん……? あの、そこに誰かいるのか、クララ見えなくって、良く分からないんだけど……十八里、って言うのは、多分距離の事だぞ。それと……コトって言うのは、多分古くからある町ってことじゃないかしら……だから、えっと計算すると……この辺りね」
“見当違いならごめんなさいね”と前置きをしつつ、クララは控えめに自分のスマホを取り出し、地図を起動して見せる。
控えめなクララとは対照的にレースとリボンが彩るメルヘンチックなスマホを夢姫が覗きこむと、そこには有名な観光地でもある、古い町並みの地区が表示されていたのだった。
「……分かった! 探してみる!」
クララのスマホを覗き込みながら、夢姫はその情報を自分のスマホに写し取る。
藁よりも細く、微かな希望ではあった。それくらいは夢姫でも分かっていた。だが、それをも掴みたいほどにじっとしていられなかったのだ。
クララの声は聞こえているらしく、摩耶は夢姫の後ろからスマホを覗き込むとコクコクと頷く。
二人への礼もそこそこにすぐにでも飛び出そうとしている夢姫であったが、クララはそんな彼女を慌てた様子で呼びとめた。
「ああ待って夢姫ちゃん! ……ここ、クララの実家ほどじゃないにしても、片道でも一時間以上かかるんだから、ちゃんと親御さんに許可を取りなさいね?」
クララの至極まっとうな言葉を耳に夢姫は我に帰った様子で、握ったままの自分のスマホを見つめ返す。
――時刻は午後九時……母、恵は恐らくその数時間前には帰宅している予定だった。
おろおろと心配しているであろう母の存在を思いだし、夢姫は声をあげた。
「か、帰る!!」
夕方から預けっぱなしにしていた学校指定の鞄を抱えると、夢姫はそのまま來葉堂を飛び出す。
それは和輝や梗耶がいない今、進んで帰りを共にしてくれる人がいない事を察していたからなのだが……。そんな夢姫を慮ってか、クララは疾風の如くカウンターを乗り越えると、ゆっくり閉じかかる扉を力強く押し開けた。
「ああん! 待ってってば夢姫ちゃん! 八雲さん、クララ……ちょっと送ってくるのだ! これ以上何か起こったりして、元気印の夢姫ちゃんがトラウマでも背負っちゃったら可哀相だぞ!」
闇の中を疾走していく桃色の後ろ姿を眺め……
摩耶は唯一人“逆にお主が少女にトラウマを植え付ける事にならぬと良いな”と願ったのだった――
「――摩耶様、私めの質問に答えて頂けますでしょうか」
クララが闇に消え、開きっぱなしとなっていた扉が風に身を任せゆっくりと閉じられた頃、ふと、それまで黙ったままであった佐助が口を開いた。
愛想の良い方では無いが、それでも摩耶に対してはいつも無垢な感情を手向けていた。
だが、佐助の表情は険しく、苦しげにも見え……摩耶は静かに、そして深く息を吐いたのだった。
「……今日はもう遅い。明日、全ては話そう」
摩耶の言葉に、佐助が食い下がることはなかった。
答えを先延ばしにしたい風にも見える佐助の姿に掛ける言葉が見つけられず、摩耶は微かな声で謝ると、カウンター席に座ったまま、何かを思案している様子の八雲を見つめた。
「春宮八雲、あの少年……吾妻美咲、と言ったか。彼に見覚えがあるのだろう? ……恐らく、向こうもその筈だ。身の振り方には十分気をつけた方が良い。……明日もここに来る。ではな」
摩耶の言葉で我に返ったのか、八雲はあたりを見渡しため息を吐くと顔をあげる。
悟っているかのようにやや自嘲的な笑みを浮かべると呟くように声を潜め返したのだった。
「……覚悟はしてたよ。あの日からずっとね」




