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「――件の火災では十名の死者が出ました。……風見さんの旧姓である“大宮家”を含む二つの世帯と、一人の従業員、そして子供を残し亡くなった三人の女性」
「……それがなんだ」
「その中の一人。久世 春美さんは……佐助君、貴方の本当のお母さん、ですよね?」
美咲が口にした名前、それは確かに自身の生みの母の名であった。
――とはいえ、佐助が小学校に入学するよりも前の事で葬式に行った記憶もなく、ただ名前を知っている程度の記憶であったが……
先程フラッシュバックした記憶の断片が思い違いでは無かった事実に気付くと、その鼓動は気持ちが悪いほど高まり、佐助は思わず胸を抑え睨むように美咲を見返した。
「ああ、でも佐助君は覚えてなさそうな感じで話してましたからねえ。……別に憎しみを抱いていないのならそれでもいいのですが。……だったら邪魔しないで下さいね!」
佐助の視線を受け取ると、美咲は悪意のない笑顔で返しそして漫画の悪役のように片手をあげると指をパチンと鳴らした。
それを合図に桔子は再び手鏡のようなものを両手に構え、夢姫を睨む。
そして同時に……暗闇の彼方からスキップでもするかのようなリズミカルな足音が聞こえ始め、やがて足音の主は美咲の反対隣に並び立ったのだった。
「やっと優菜の出番! おしゃべりもダメって言われてたからライタくんも退屈してたんだよ~! でも、美咲君達がお話するだけなんだったら、優菜も一緒にいて良かったんじゃないの~」
見た目は中学生くらい、佐助より幾分か幼いくらいであろうか。
だが、外見の割には些か幼く、犬のぬいぐるみを両腕でしっかりと抱きかかえ、まるで小学校低学年くらいのような立ち振る舞いの少女は頬を膨らませると足をふらふらとばたつかせている。
優菜と名乗った少女、そして胸に抱かれた犬のぬいぐるみとは昨年の学園祭騒動の際に続きこれが二度目の邂逅となる佐助は声をあげた。
「……吾妻、お主がそのチビ女と一緒におると言うことはつまり“そういうこと”か!」
佐助は木刀を突きつけ、美咲を睨む。
美咲の隣で楽しそうに声を持たないぬいぐるみと話す、禍々しい空気を纏った少女が昨今の“鬼騒動”の原因の一端を担っていると踏んでいたからだ。
「おや、どうしてそんな怖い顔するんですか~俺は佐助君を敵に回すつもりはありませんよ? ……まさか“そちら側に”つくと言うのですか?」
「“そちら”だとか敵だとかそんな事はどうでも良い。僕は貴様が加担して居る両隣りの“鬼”をひっとらえるだけだ!」
分からない事だらけのまま、考えなくてはならない事ばかりのままではあったが、“鬼”と化している少女らをそのまま捨て置く事はあってはならない。
佐助は強い眼差しで優菜を睨みつける……が。
当の本人は“怒られている理由が分からない”と言わんばかりに目を丸くしぱちぱちと瞬きさせ、首を傾げていた。
「両隣り……優菜ときいちゃんのことだよね! ふーむ、そっかあ……良く考えたら、美咲くん、ハーレムだね~! 主人公だね!」
「……私は吾妻さんみたいな口だけの人嫌い。ハーレムなんてありえませんね」
「きいちゃんは中身重視派なのね! “良い心がけだ”ってライタくんが言ってるよ!」
「あーはいはい、俺を挟んだままガールズトークするのと、ナチュラルにフるのはやめましょうか。俺だって傷つく心持ってますからね!」
「ねえそんなことより! 結局この人達は優菜の敵なんだよね? きいちゃんと美咲くんが嫌いなやつなんでしょ、ライタくんがね、“消してあげる”って!」
美咲の悲痛なツッコミを完全に聞かなかった事にすると、優菜は犬のぬいぐるみ、“ライタくん”に耳を近付け、楽しそうに笑みをもらす。
まるで優菜の言葉に反応するかのようにぬいぐるみの胴体は見る見るうちに噴き出した黒い靄を身にまとい、両手部分に掛かった靄は先端を徐々に尖らせ、刃を握るように形を成した。
「そんな事って優菜酷い! あーまた傷つきましたよ~俺のガラスのハートが砕」
「優菜さんはそっちのラストサムライとでも遊んでて下さいよ、夢姫は私が殺す……この世から消すって決めてたから!」
「俺の……」
一方で桔子は鏡を構え直すと真っ黒な鏡面を見つめ、片方の手をかざす。
鏡面からにじみ出る靄をかざした手に集めると、それは次第に刀の柄部分のような形を成し、引きずり出すように黒い刀を片手に取った。
日本刀のような形の得物で刃先は実際の刀よりも長く見えるが、実体を伴っていない為か重みは感じられず、桔子はそれを片手で振っている。
その“得物”の形に既視感を覚えていた夢姫は杖をこれ以上ないほど強く握りしめ、桔子を睨んだ。
「……なにそれ、ちょっときいちゃん……いや、桔子! それ、わざと?」
「何が?」
「……わざと、“和輝が持ってたヤツ”に似せてない?」
色が違うだけの“刀”を杖の先で指すと、その視線を辿り刀を見つめた桔子は一笑に伏す。
「“これ”? ……良いでしょ。ちょっと借りたの。一緒に戦ってる感じがして、運動が苦手な私でも強くなれる気がしてるのよ! 羨ましい?」
「くっ……この!!」
一番大好きな友達の姿である筈なのに、目の前の少女が嬉しそうに笑みを漏らすたび強い憎しみが夢姫の頭を支配していく。
「桔子、もうあんたと話すことは無い! 殺すって言うなら、逆にあたしがあんたを殺す!」
「やってみなさいよそんな度胸ないくせに! 殺せるもんなら、何回だって殺してみなさいよ……!」
夢姫が激情のままに杖を天高く振り上げ、そのまま桔子の頭めがけ振り下ろす。だが、大人しく殴られる筈もなく桔子はそれを鏡面から噴き出させた無数の“まの手”で掴むと、刀で弾きあげ、隙のあいた夢姫の腹を蹴り飛ばした。




