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ユメユメ~二年目~  作者: サトル
3.生き難き命存したる者
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3-6


 広大な敷地の端から端――通りの街灯の光が及ばない暗闇の中、少女は乱れた呼吸を整えて息を吐き切る。

 走るのは得意じゃない少女だったが……この時はそれも苦では無かった様子。

 居心地の悪い心音でさえもメトロノームのタップのようで、(コボ)れ落ちそうな笑みを堪えていた。


「お姉ちゃん、利用してごめんね。でも、お姉ちゃんも悪いんだよ……元はと言えば」

「風見! ……何してんの」


 背中に投げかけられた声に驚き、少女は振り返る。

 ――眼鏡を両手で支えるように掛け直すと、少女は和輝の前で立ち止まり、呼吸を整えた。


「……どうして和輝さんがここに?」

「水瀬に一瞬任せた。……多分、水瀬は取り憑かれるタイプじゃなさそうだし」

「そうじゃなくて……八雲さんや佐助さんは?」


 梗耶の問いかけの意図も分からないまま……和輝はまたも得体の知れない違和感を覚えその表情を煙らせた。

 ――何が“違和感”なのか。控えめな話の切り出し方も、敬語と標準語が混ざった微妙な距離感もなんら変わりは無い筈。


「……もしかして、私を心配してくれたんですか?」

「え……ああ、まあ……そりゃあ心配するよ」


 違和感の正体を勘ぐるあまり、口を(ツグ)んでしまっていた和輝の意識を連れ出すように梗耶が問い掛ける。

 咄嗟に和輝がそう答えると梗耶は赤らむ頬を両手で包み、年相応の少女らしい笑みを返した。


「……嬉しい。夢姫よりも私を選んでくれたってことですよね?」

「え……? は……あ、いやちょっと待って!」


 和輝は思わず聞き返す。確かに一瞬だけのつもりで夢姫に“ま”を任せて梗耶の元へ走ったが……別にそう言う意図があったわけでは無い。

 と、言うかそもそもこの状況はそういうシチュエーションじゃない。一瞬だけ流されかけた和輝は……師匠・八雲の趣味で買いに走らされた“大人が嗜むゲーム”の内容を思いだし――そして、違和感の正体にも辿りつき、我に帰ったのだった。


「……風見さ、師匠の事“春宮さん”って呼んだよな……何で急に“八雲さん”? 好感度が上がるイベントがあった訳でもないし……それだけじゃない、風見、前話してくれたよね? ……遊園地行った時、“お姉ちゃん”と水瀬と三人で遊んだ、って」

「……」

「“君”は誰?」


 ――違和感の正体、それは“梗耶”と話しているはずなのに“梗耶”では無い誰かの記憶のような言葉の数々だった。


 和輝は刀を利き手に構え、刀身に光を宿す。

 淡い光に照らされた少女は“問いかけに応える気はない”と言わんばかりに首を横に振ると、刀の存在など意にも介さず距離を縮め――出方を伺う和輝の首に両腕を回しその身を寄せたのだった。


「ちょっ……」

「“私”が誰か、なんてどうでも良いでしょう?」


 少女が寄せる肌も胸も、まるで死人のように冷たい。

 だが、脈打つ和輝の鼓動を跳ね返すその四肢は女子特有の柔らかさを保っており、確かに存在する、“生きた存在”である事を証明していた。


「……どういうつもり?」

「別に、他意はないですよ? 良いじゃないですか別に。……嫌いじゃないでしょ、こういうの」


 幼馴染である湊からは抱きつかれる事など日常茶飯事であった……とはいえ、まだ小学生と言う子供同士のじゃれあいのようなものだ。


 ――だが、精神は未熟であれど高校生の和輝にとって……大人になりつつある少年にとってこの状況は甘い罠。

 悪魔の囁きが頭を支配していく……


「ってやっぱダメ! 良くない! 水瀬を放置したままだし! この際“君”が誰でも良いから、ちょっと離れて……!」


 ……が、ふと夢姫が(佐助コーチの元で)一人戦っているであろう状況を思い出し、和輝は少女の腕を引き剥がした。


「夢姫ちゃん? ……あんなのどうだっていいじゃない? 心配なの?」

「あんなのって……」


 それまで見てきた少女と――風見梗耶と姿はまるで変わらないままなのに、口をついて出る言葉はどれも恐ろしく冷たいもの。

 やはり、彼女は自分の知る“風見”じゃない。

 改めてその違和感を抱きなおした和輝は心許ない足元を確かめながら後ろに引き、少しずつ距離を開いた。


「私は復讐したいだけ。……いくら和輝さんでも、もう私を止める事は出来ないよ……!」


 少女はいつからかその手に握っていたらしい何かを胸に構える。手鏡のような形状に見えるが、実態を把握出来ないほどに黒い。

 だが、それを“道具の類だ”と瞬間的に察した和輝もまた刀を携え刀身に光を宿した。


「……どいてください。私は和輝さんとは戦えない!」


 刀身の光が微かに映し出す少女の輪郭は――どこか切なげで、だが既視感のある顔立ち。


「そりゃ……俺だって!」


 和輝は良く見知った“本来守るべき相手”に刃を向けているような、罪悪感にも似た感覚に苛まれ、強く握っていた手を緩める。

 だが、そんな僅かに出来てしまった隙を、少女は見逃さなかった。


「……後で、ゆっくり喋りましょう」


 少女が黒い“道具”の鏡面を振りかざすと、夥しい数の“まの手”が這い出し、和輝の足を、手を――体の自由を奪っていく。


「か……ざみ……!」


 身動きが取れなくなった和輝の右手に握られたままの刀は、風に揺らぐ炎のように――まるで命の灯火かのように淡く光る。

 少女は呼びかける声に応えないまま歩み寄ると、刀を抜きとりそっと地面に置いた。


 灯火が消え、辺りは再び漆黒の闇が支配する。


「――ごめんなさい、和輝さん。だけど、あなたには関係のない事だから……全部終わるまで、“そこ”にいて下さいね……」


 “少女”は手鏡を胸に抱き息を吐くと、唯一人――静かに歩き始めた。



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