3-5
――夢姫が親に連絡を入れているのを待つ間にすっかり日は落ち、來葉堂の外は闇が支配し始めていた。
夢姫の口ぶりから察するに、やはり母親は心配しているのだろう。中々会話が終わらない。
やがて、夢姫が半ば無理やりに話を打ち切ったように終話のボタンを押すと……様子を伺っていたクララも心配げに歩み寄っていた。
「ほいさ! おっけーよん。さあ行きましょー!」
「あっ、ねえ待って……」
親指の爪を噛み、不安げに巨体をくねらせるクララを視界に入れないようにしたまま、夢姫は來葉堂の扉を颯爽と押し開ける。
追従するように梗耶、そして不貞腐れたままの佐助も店の外へ向かう最中……クララは弟、和輝を呼び止めるともじもじと身体を縮ませた。
「和輝、ちょっと待ってったら。クララね」
「……どうしたの、クララ……あ、話は後で! 置いていかれる」
「あっ……んもう!」
段々と小さくなっていく若々しい声を追いかけるように和輝も店を飛び出していく。
その後ろ姿を不安に満ちた瞳で見つめていたクララは、ふと視界の端で何かが動いた気配に驚き悲鳴をあげたのだった。
「ぎゃーー!! って、……八雲さん、そう言えばいたのね」
「あんたの声の方が怖いよ」
思案に耽り、暫し沈黙を貫いていた八雲であったが野太い悲鳴に驚いた様子で耳を塞ぐと呆れたようにため息をつく。
そして、部屋着の着流しの上からフード付きのパーカーを羽織り眼鏡を掛けると……八雲はクララの肩をねぎらうように叩き外への扉を押し開けた。
「え、八雲さん、どこに行くのだ……?」
「……ちょっと散歩に」
「……えっ? ええ!?」
―――
街灯が照らす街並みを和輝と佐助を先頭に、その後ろを梗耶……そして少し遅れて夢姫が歩いて行く。
ふと、夢姫は後ろから誰かついて来る気配を察し、腕輪を左手で包み込むと黒の杖を構え振り返った。
――が、そこにいたのは予想だにしない人物で、夢姫は呆気に取られそのまま杖を闇に溶かしたのだった。
「や、八雲さん……?」
「え師匠……!? ど、どうしたんですか」
パーカーのフードによって生まれた影の中……赤々と燃える炎のような瞳を細めると八雲は夢姫の頭を撫でる。
「……俺も気になる事があってね。相手が本当に“鬼”であれば、足手まといにならないから……まあ引率の先生とでも思ってくれて良いよ」
「え、ええと……師匠が足手まといとは思いませんが……」
どうしてこうも予想外の事が起こり続けるのか。どうしてこうも皆火災跡地に来たがるのか――
どうにも腑に落ちない事が積み重なり続け、和輝は段々考える事すら億劫に思え始めていた。
「――今日は誰もおらぬな」
「今日は、って。佐助ぴょん、まさかあれから毎日通ってたの?」
「あっ」
不良のたまり場となっていたのだろうか、歩道にはインスタント食品のカラなどのゴミが散らばっている。歩道にそって建てられた囲いには誰かが叩きつけたような大きな傷。一同は囲いの裂け目をくぐりぬけていった。
恵子が襲われ、梗耶が倒れてからの数日間――夢姫の邪魔が入らないように和輝と佐助は示し合わせ、“疫病神”を探していた。
だが、佐助がうっかり口を滑らせた事でその事が露見し、夢姫は疑惑の目をそのまま後ろにいた和輝に向けた。
「……特段変わった様子はないね」
「え、あ、ああ……そうですね、師匠」
助け舟のような絶妙なタイミングで八雲がそう呟く。和輝もまたそれに応じ頷く。夢姫は頬を膨らませ、また佐助を鋭く見やった。
「……! 水瀬、その話は後!」
距離を詰め、爪を立てる猫の如く飛びかかろうとしていた夢姫を和輝が遮る。
状況が呑み込めず辺りを見渡す夢姫を余所に、佐助は木刀を、和輝は刀の柄を構えて光を集め――刃を成した。
「“鬼”がいるのは間違いないねえ」
八雲が涼しげに呟く。ようやく状況を呑み込めた夢姫もまた、暗闇に手をつき出すと意識を集め、黒い杖を手に構える。
砂利で覆われた地面からは立ち上がる煙のように黒い靄が沸き上がり――やがて人の形を成し始めたそれらは、まるで軍隊のように立ちはだかったのだった。
「うはははー! ザコ敵がうじゃうじゃ!」
人の形をした靄の群れは統率のとれた動きでにじり寄ると、アンバランスに長い手の部分を振り回し先頭の夢姫と佐助を目掛け襲いかかる。
心躍る非日常にテンションが上がってきたらしい夢姫は杖を無規則に振りまわし、次々と襲いかかる“ま”の手を闇に返していった。
「隙だらけだぞ馬鹿女! もっとまじめに戦え!」
「うっさいなー佐助ちゃんは体が無いこの手の奴には効果ないんでしょ、役に立たないんだから下がってなさいよ」
「ああ!??」
コーチか何かのように腕を組み夢姫の戦いぶりを眺めていた佐助は、ごもっともな指摘に頭に血を上らせた。
「まあ、水瀬の言い方はあれだけど、とりあえず佐助は風見と師匠を。露払いを任せると思って多めに見ろよ!」
道具の影響か“ま”の影響か、いつもののんびりとした調子では無い強い言葉で和輝が佐助を押しやると、挨拶代りに刀を一閃させ、一気に靄を振り払っていく。
続けざまに一体、また一体と真っ二つに切り裂き、それらは光の粒子となり夜空へ帰っていった。
「ねー! 多くない? あたし腕が疲れてきたんだけど!」
……だが、勢いがあったのは最初だけである。
当人の飽きっぽい性格からなのか、あるいは体力のなさゆえか……杖を振るう夢姫の軌道は見る見るうちに縮小し、ため息をつく。
だが、夢姫が疲れるのも無理はなかった。……そう、“ま”の量が多すぎるのだ。
学園祭の時や遊園地の時もそれは夥しい量であったが、それに匹敵する……いや、それ以上かもしれない。
和輝はそう目踏みしつつ、夢姫への言葉は返さないままに頷いた。
――その光景を少し離れた場所から伺い見ていた八雲は、ふと傍らの梗耶が足を踏み出そうとしている、そんな気配を察し視線を辿る。
八雲が声を掛けようとするより先に、梗耶は暗闇の彼方を指さしたのだった。
「……ねえ、八雲さん。そこに誰か、見えませんか?」
「え?」
八雲は眼鏡を掛け直し、その指先を目で追う……が、元々視力が弱い事も関係するのか特にそれらしいものは見えなかった。
感覚にして一分ほどであろうか――暫く目を凝らして見ていたが、やはり無間の闇が広がっているだけ。
観念したと言わんばかりに八雲はため息をつき視線を返した……が、そこに梗耶の姿は無かった。
「おでこちゃん目が良い……ってちょっと!?」
梗耶は闇の向こうへと駆けだしていたのだ。
八雲も慌ててそれを追おうと声を投げるが、梗耶は踏みとどまる事もなく先程指をさし“誰か”がいると言っていた場所へ向かっていく。
「は……!? おい眼鏡! どこへ行く!!」
護衛、と言うか気持ち的にはまだ夢姫の「戦闘コーチ」のような面持ちで二人の姿を見つめていた佐助は、八雲の声で状況を把握し彼もまた声をあげる。
そして体力が無く足が遅い八雲の代わりに追いかけようとしたが――
一般的な女子の体力であろう梗耶に全く追いつけないほどに佐助は足が遅かった。
「何やってんの佐助……って、風見……!?」
それまで目の前の“ま”の動きに注視していた和輝だが、佐助の声で状況を察すると、刃を大ぶりに一閃させ目の前の道を切り開く。
「水瀬! 今お前だけが頼り! だからちょっと任せた!」
「ほえ!?? んふふー遂に和輝もあたしの真の実力認め始めちゃったのね! しかたないなあ~まかせ……ってどこいくの!?」
半ば投げやりな和輝の言葉に気をよくした夢姫が再び杖を構え直し振り返る。
そこには、既に小さくなりつつある和輝の後ろ姿と、息切れし項垂れ込んだ八雲、そして傍目に見ても追いつく事が絶望的な遅さで走る佐助の姿があったのだった。
「……佐助ちゃん、もしかしなくても足遅くない?」
「黙れ」




