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「ちょっと佐助! あたしが可愛いからって出待ちしてんじゃないわよ!」
「出待ちなどしておらぬ! 勘違いも甚だしいな!」
……どうやらこの日は佐助と夢姫の二人が帰宅途中に出くわしてしまったらしい。
競うように扉を開け、店内に流れ込んだ二人の後ろから追従していた和輝の顔には授業のせいではなさそうな疲労感が現れていた。
「あらあらあら! 皆仲良しね~クララ嬉しいわ!」
厨房から、文字通り舞い戻ってきたクララは夢姫と佐助の姿を見るなり投げキッスを乱舞させ迎える……が、最早二人がそれを受け取る筈もなく、それは軽やかにかわされた。
そして、珍しく居合わせたままとなっていた八雲の存在に気付いた夢姫は先程までの剣幕をすっかり影に潜ませ、慎ましやかにその隣に陣取ったのだった。
「八雲さん! えへへ、珍しいね~」
「え? ……ああ、まあね」
恥じらうように長いツーテールの毛束をいじりながら夢姫ははにかむが、八雲は気も漫ろと言った風で曖昧に言葉を濁す。
普段、ゲームのデータが飛んでしまおうとも動揺する事もない八雲にしては珍しい……と和輝が首をかしげていると、不意にその深紅の瞳がその姿を捉えた。
「……和輝、さっきクララちゃんが聞いてたけど、“疫病神”の噂、知ってる?」
“疫病神”――無論、知らない筈がない。それは佐助経由で聞き及んだ“鬼”と思われる存在の話、きっとまだ解決の糸口も見えていない話だからだ。
だが、“ま”に関する話やそれを払うと言う任務に関する話であれば部外者であるクララが見聞き出来ないタイミングで言葉をかわす八雲が、無頓着に尋ねてくる――和輝にとって、それはただただ驚くばかりの状況で、思わず口を閉ざした。
「“疫病神”って、あの火災跡地で“鬼”が目撃されてるって言うやつだよね~?」
黙ってやり過ごすような不敬を犯すつもりなど毛頭ない。だが、何から話せばいいのか……。追いついていない頭をフルに働かせ、言葉を選んでいた和輝の代わりに、夢姫は手を広げ言葉を紡ぐ。
和輝は半ば条件反射で夢姫の頭を叩きたい衝動に駆られていたが……珍しい事は続くもので、八雲は煙たがる素振りもなくその声に耳を傾けている様子。いつもと空気が違う、そう察した和輝は静かに息をついていた。
「どんな鬼? 女?」
「ん、んー……ねえ和輝! この前の大学生は男だよね?」
「ふん、流石馬鹿女。人の性別も見分けられないほどに目が悪いのか」
「ちょっとしゃしゃり出てこないでよ馬鹿佐助! それくらい分かってるもん! ホントあんたって語彙力ないよね~」
「貴様よりはある」
“水瀬が言いたかったのは読解力の方だと思う”
心の奥でフォローに回ってみたが、別に二人の仲を取り持つ必要もないかもしれない。諦めたように見守ると、二人の口論が過熱しはじめたのを傍目に和輝は口を開く。
「大学生の男が“鬼”になっていたところは水瀬も、俺も見ました。ただ、それは祓って、その男が正気に戻った事までは確認できているのですが……どうも、その背後に、“その男を鬼に仕立て上げた少女”がいるみたいです――」
――先日までの出来事をありのまま、和輝が説明し終えると、八雲は口元に手を当てたまま考え込むように黙り込む。
説明した内容のどこかに気にかかる点でもあったのだろうか、と和輝は師匠の表情を伺い見ていたが……そんな不穏な空気を裂くようにクララは手を叩いたのだった。
「よく分からないのだけど、“疫病神”は女の子で、誰かを探しているのね! んー和輝くん助かったわありがと! これでクララ、ご婦人ネットワークからハブられずに済むのだ!」
クララはテーブルに広がった花を丁寧に拾い集め抱えなおすと嬉しそうに上体を揺らす。
――花の妖精が何かの拍子に呪いにでもかかってしまったらこんな面妖な光景を見ることになるのかもしれないな。
自分の兄のありのままの姿とは到底思いたくもなかった和輝は、突拍子もない想像で意識を逃がすと目の前の現実をシャットアウトしたのだった。
「――その事だが、今日も跡地に行くのであろう? 灯之崎」
呪われた花の妖精……ではなく、クララが花瓶を探しに奥へと姿を消した事を確認し、佐助が指をさす。
言われるまでもなく、そのつもりであった和輝が頷くと、そのやり取りを眺めていた夢姫が勢いに任せ立ち上がり、拳を天高く突き上げ割り込んだ。
「はいはいはーい! あたしも行く!」
「今日は川島さん達もついて来ないんだし、水瀬が来る理由ないだろ」
「ええー? あ、ほら、可愛い女の子がいた方が士気が上がるわよん!」
「自惚れるな馬鹿女」
「ちょ、なんでよ!」
そう、前回も同じ流れであったが――
水瀬の母、恵はかなりの心配症である。おまけに今回に限っては、恵も良く知る娘の親友・梗耶が倒れてしまったが故、余計にナーバスになっているようなのだ。
「馬鹿かそうじゃないかは置いといても……そろそろ風見だけじゃなくって、水瀬の母親まで心労とかで倒れそうだから、ちょっとは早く帰って安心させてやれよ」
「うぐ」
和輝が本心からそう紡ぐと、夢姫も心のどこかでは気がかりに思っていたのだろう……
それ以上言い返してくることは無く、代わりに不満を頬に詰め込みパンパンに膨らませたまま近くの椅子に座りこんだのだった。
「……お土産」
「だから“ま”を持って帰ってくれば良いの? 水瀬」
「むー! だってつまんないもん!」
「はいはい、土産話くらいなら持って帰って……?」
思い通りに行かない子供のように駄々をこね、足をバタバタと揺らす夢姫をあやすように和輝がその頭を軽く叩いていると、ふと傍らの八雲が顔をあげ、膝上でくつろいでいたマリンは何かに怯えた様子で毛を逆立てると飛び降り、カウンター裏へと姿を隠す。
同時に鳴り響いたベルは、意外な来客を――先般倒れ、今日まで学校を欠席していた筈の梗耶を招き入れたのだった。
「きょーや!? 体、もう大丈夫なの?」
和輝の手を振り払い、我先にと夢姫が駆け寄ると梗耶は微かに笑う。
「……伯母の特別フルコースを堪能したので、もうすっかり元気ですよ」
「ああ! 確かに栄養素だけは確保できるよね! 栄養素だけは!」




