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「――か、和輝さん」
和輝は半ば現実逃避でもするかのように、発してしまった言葉から……背中に刺さる視線から目を逸らし続けていた。だが、逃げたところで現実が無くなる訳ではない――
引きもどすかのように投げかけられた桔子の声で我に返った和輝は、振り返ると同時に深く頭を下げたのだった。
「あ、ご、ごめん! ……ああでも言わないと、ああいうのは引かないと思ったし、それに、来たばかりでもめ事起こすのも良くないかなって! あ、ほら特に水瀬とかはそう言うもめごとの気配に敏感じゃん、だから!」
“怖い目にあったであろう少女に対して、もめ事扱いでまとめるのは良くない”
“いきなり自分の親友を引き合いに出されて、絶対戸惑わせてる”
――取り繕おうとすればするほど余計な言葉を身にまとってしまい、自ら泥沼に足を進め沈んでいくような感覚に囚われていく。だんだん自分が何を口走っているのかも分からなくなってきていた和輝の気持ちを察したのかは定かではないが――
和輝の言葉を遮った桔子は、首を横に振ると微笑んでいた。
「あの……こんな風に言うと、私まで夢姫みたいになっちゃいそうだけど……その、助けてくれて、嬉しかったです。……ありがとう」
桔子が“ツレ”という言葉をどう解釈したのか、など和輝には知る由も無い。
だが、好意的な言葉を笑顔で飾っていた少女が一切を拒否しているとも到底思えなかった和輝は自分を落ちつかせる為に息をつくと、もう一度だけ小さく謝った。
「と、友達だし、助けるのは当然だよ」
「……友達」
かすかに声が聞こえる程度の距離にいたはずの男たちの声は聞こえなくなっていた。
ナンパが成功したのか、はたまた別の目的に切り替えたのかは定かではない。
辺りには寄せて返す波の音だけが取り残されていた。
「……風見?」
言いかけた和輝は、ふと“あの一件”以降、このように二人きりになることは無かったという事を思い出していた。
あの一件――桔子が“梗耶”では無く本来の自分として姿を見せた商業施設跡地でのこと。
鬼に囲まれてしまい、夢姫と佐助が戦いに駆りだされていた一方で“ま”に心を委ねてしまっていた桔子を追いかけて――
“ま”が差す時……人は心の奥底にある感情のままに、欲望のままに振舞う“鬼”となる。
――商業施設跡地で“鏡”に取り込まれてしまう直前に少女が見せた表情は、腕を絡ませて寄せた頬の感触は……桔子が心の奥底に潜めている“感情”のはずだ。
何度も“鬼”と邂逅を重ねているが故に辿りついてしまう少女の“心”。
だが、触れる事も憚られるような気がしていた和輝は目を逸らすと、次の言葉を探していた。
「……み、なせはどこに行ったんだろうか。湊たちならトイレのところにいるはずだけど。探しに――」
「ねえ、和輝さん。……私、“友達”としてじゃなくて」
逃げ道を探すかのような和輝の腕を震える指先で握ると、桔子は心を決めた様子で言葉を紡いでいく。
その先の言葉を聞く資格は自分にはない。由来の分からない後ろ向きな感情がその体を動かしているようで、和輝は目を合わせられないまま背中を向けたのだった。
―――
「あれれ? 夢姫さん、おひとりですか~?」
「うん! きいちゃんが良く分かんないけど出て来なかったから置いてきたの!」
――同じ頃、桔子を置き去りにした夢姫の方はと言うと、他のメンバーを探して砂浜を駆けていた。
その両手には小型拳銃の形を模した水鉄砲が二つ。
刹那か佐助か、はたまた和輝……親しい誰かを見つけ次第強襲をしようと図っていた夢姫を呼びとめたのはトイレの前で座り込んでいた湊であった。
「みなとちゃん一人なの?」
「うん。とーやがトイレにこもったまま出て来なくって」
「……お腹壊したの?」
「分からない」
あれから、燈也は未だ男子トイレ個室内に籠ったままであった。
恋人と言う関係になってから初めての遠出であるがゆえに張り切って準備してきたであろう湊は、“折角可愛い水着なのに”とため息を落とす。
恋人の為に張り切る気持ちこそ理解に及ばないものの、“楽しみにしていたイベントで出鼻をくじかれる”と言う状況のむなしさくらいなら良く分かる夢姫はため息を落とす湊の横に並び立つと、未だしぼんだままのシャチの浮輪を撫でた。
「もー、男子どこにいっちゃったんだろうね~? こんなにあたし達可愛いのに~」
「ですよね~。私達可愛いもん! かわいそう!」
「和輝の奴も姿見えないし……とーやと一緒なの? ぽんぽんぺいんかなあ?」
「え? 和輝は――」
――和輝は燈也を追いかけてきてなどいない。まだ砂浜の辺りにいるのではないか?
そう言いかけた湊は、ふと見渡した浜辺の波打ち際に見なれた後ろ姿を見つけて言葉を飲みこんだ。
波打ち際で視線を落とす和輝の二、三歩後ろには桔子の姿。
二人の声は湊のいる場所からは聞こえないが、話の内容を推察する事くらいは湊でも……いや、二人を良く知る彼女だからこそ容易な事であった。
「んー? 誰かいたの……?」
思わず口を閉ざしてしまっていた湊の視線を辿り、夢姫もまた訝しげに目を凝らす。
だが、湊と違い話の内容を推察することが出来ない夢姫にとっては、目に映る光景はどこか疎外感を覚えるもの。
「あ……」
以前、自身が引き起こした騒動の際――
“売り言葉に買い言葉”の状況ではあったが、口論に発展した夢姫の口から和輝に対する“好意”をほのめかすような言葉を湊は耳にした事があった。
それは当時の夢姫にとっては“ライク”の意味で発した言葉であった。
だが、何故か今の夢姫にとってその言葉は重く、まるで呪いのようにさえ思えた。どこか釈然としないような……心に暗い影がまとわりつくかのような重たく冷たい気持ちがのし掛かっているような錯覚さえ起こしていたのだ。
「……ゆ、夢姫さん……?」
――重い心に寄り添うかのように少女の細い手首に腕輪が張り付く。
冷たい腕輪を片手で包み込むと、夢姫は息を飲みこんでいた。




