3-1
「梗耶ちゃん、具合はどう?」
週末が差し迫ったこの日。自室のベッドに横たわったまま夢と現の間でまどろむ少女は――扉を叩くその音に重たい体を起こし声を返す。
静かに扉を開けると、そこには伯母の楓李の姿。梗耶の容態を案じていたようで、不安げな表情を浮かべたまま伯母は机の上にお盆を置く。ちらりと見えた茶碗の中には食欲を吹き飛ばす黄金色の液体――お粥のような物質が見えた。
「伯母さま……何ですか、その暗黒物質……」
「ああ、今日旦那が仕事で家を空けてるから……ちょっとでも元気になるように、栄養ドリンクとか旦那の飲んでるサプリを溶かした特製お粥を作ってきたの」
「なるほど。蛍光色はビタミン由来ですね……」
梗耶は口元だけで笑みを作ると、薄いリアクションで伯母が差しだしたスプーンを手に取り一口、口に運び入れる。その味は、何とも形容しがたい。だが、きっと食べ盛りの男子高校生であっても吐き出すであろう。フルーティな風味とピリリと舌に刺激を残す唐辛子のような強い味がお互いに殴りあいながら絡みつき襲い掛かってくるような味だ。
炭酸系の飲料も混ぜたのだろうか、無駄に喉ごしの良い爽快感は“空気の読めない司会者”のよう。……口腔の不協和音を無理やり喉に流し込むと、梗耶は震える手からスプーンを離した。
「……うん、すっごい、なんて言うか独創的な力がみなぎる気がしますね」
「本当! 良かった、まだまだ鍋いっぱいに作ってるから、おかわりしてくださいね」
「わ、わあ……」
少女のように声を弾ませ、伯母は満面の笑みを湛える。
“お粥”と言う固定概念にとらわれず、“栄養ドリンクを温めて、何かの粒を混ぜ込んだタピオカのようなもの”と考えれば食べられなくはないその黄金色の液体に顔を映し――
――梗耶は“伯母の創造力が爆発する前に来週からは学校へ行こう”と固く誓ったのだった。
―――
「ちょっとちょっとちょっと! 久世君聞きましたか? “疫病神”、また現れたそうですよぉ!」
明陽学園高等部、一年の教室に黒板を叩く音と少年の声が響き渡る。佐助にとって、“こういううるさい輩とは関わりたくない”と言うのが正直なところであった。
だが……目の前の席に座っているこの少年、美咲から逃れる方法は授業をさぼるくらいしか考えられないだろう。呆れたようにその挙動を眺めていた。
大学生の男の一件は瞬く間に人伝に広がり、噂が新たな噂を呼んでしまっていた。よりセンセーショナルなものへと変わり始めていたのだ。
「やはり疫病神は存在したんですねえ、ああ怖い怖い」
「……僕は次の授業の準備がしたいんだが」
どこか楽しげに見える美咲の振舞い。いささか無神経に思える少年の言動を前に、噂の真相を知る立場でもある佐助は微かな苛立ちを感じていた。
だが、そんな当事者の気持ちなどつゆ知らず――
「あああの! ぼ、ボクも聞いたよ! お父さんの会社でもね、噂になってるらしくって」
「おやそうでしたか! 大人の間でも噂になってるんですねえ」
「“体格のいい男の人が恋人を探してる”って噂だよね?」
「あれ? 俺が聞いたのは“少女が友達を探してる”って噂でしたけど」
「ええい! 僕を挟んで会話するな! うるさい!」
「ごご、ごめん……」
「ああ! ちょっと久世君か弱い少年を苛めないでくださいよ! 怯えなくって良いですよ……えっと」
「あ、あのボク金嗣って言います。金剛寺 金嗣」
「お金が好きそうな名前ですね! 俺も好きですけど。俺は吾妻 美咲ですよ! 美咲君とでもなんとでも呼んで」
「いや聞け! 僕の話を聞け! 貴様は何回自己紹介すれば気がすむのか!」
――前の席と後ろの席、“美咲”と“金嗣”と言う両極端な少年達は佐助を挟んだまま噂話に花を咲かせる。逃げも隠れも出来ない状況下、佐助は早々の席替えを切望するのだった……。




